バンダリー
イラン・ペルシャ湾岸ホルモズガーン州の、アフロ・イラン系の儀礼と踊りが融合した高速ダンス歌謡。
どんな音か
バンダリーは、イラン南部ペルシャ湾岸のホルモズガーン州(州都バンダル・アッバース)とブーシェフル州を中心に発達した、明るい高速ダンス歌謡だ。編成はneyanban(バグパイプ系)、tombak(片手太鼓)、dohol(両面樽太鼓)、ダフ(枠太鼓)、そして20世紀後半以降のキーボードとシンセ・ベース。テンポは110-140BPMの6/8または4/4で、旋律はイラン中央部の古典音階ではなくアラビア・マカームとインド洋交易由来の音階を混ぜた独特の語彙を持つ。歌詞はホルモズガーン方言のペルシャ語、時にアラビア語混じりで、恋、海、労働、そして黒人系イラン人コミュニティの祖霊儀礼zārの記憶を扱う。テヘラン系ポップからは長らく「地方の低俗な音楽」と蔑まれてきたが、その明るさと踊りやすさで結婚式の必需品として全国的に生き延びた。
生まれた背景
ペルシャ湾岸のバンダル・アッバースは、少なくとも16世紀からポルトガル・オランダ・イギリス・オマーンの交易船が寄港した国際港で、東アフリカ(ザンジバル、モザンビーク)からの奴隷貿易でアフロ・イラン系コミュニティが形成された。彼らが持ち込んだのが憑依儀礼zār(悪霊を歌と太鼓で追い出す儀礼)で、その音楽的中核が世俗化・大衆化されて生まれたのがバンダリーの原型だ。20世紀初頭のホルモズガーン州では、zārの太鼓リズムと湾岸交易由来のアラブ・インド音階を混ぜた歌謡が結婚式や航海の祝賀で歌われるようになった。1980-90年代のMahmoud Jahanが全国的な結婚式レパートリーに押し上げ、2000年代のBarobax、2010年代のAhmad Soloが電子化して若年層に届けた。
聴きどころ
発展
1980-90年代のイラン国内では、Mahmoud Jahan(1957-、バンダル・アッバース出身)がバンダリーの現代的な担い手として広く聴かれ、彼の陽気で踊りやすいアレンジは全国のイラン系結婚式の定番になった。テヘラン系ポップからは長らく「地方の低俗な音楽」として蔑まれてきたが、2000年代以降のイラン国内クラブ・シーンとロサンゼルスのイラン系ディアスポラ経由で、バンダリーは若い世代のパーティ音楽として再評価された。バンドBarobax(結成2003年、テヘラン)は伝統的なバンダリーのリズムに現代ポップとエレクトロを混ぜたヒットで世代を代弁、Ahmad Solo(1988-)は2010年代以降のバンダリー電子化の中心にいる。
出来事
- 1900s: バンダル・アッバースでzār音楽の世俗化
- 1980s: Mahmoud Jahanの全国的普及
- 2003: Barobax結成
- 2010s: Ahmad Soloのバンダリー電子化
- 2020s+: イラン国内クラブと海外ディアスポラでの再評価
派生・影響
湾岸カリージー(khaleeji、湾岸アラブ・ポップ)と兄弟関係。zār儀礼音楽(スーダン・エチオピア・イエメンで並行して存在)と直接の連続性。テヘラン系ペルシャン・ポップとは対比軸で位置付けられる。
音楽的特徴
楽器neyanban(バグパイプ)、tombak(片手太鼓)、dohol(両面樽太鼓)、ダフ(枠太鼓)、後年はキーボード、シンセ・ベース、ドラムマシン
リズム6/8または4/4(110-140BPM)、アラビア・マカームとインド洋交易由来音階の混合、zār儀礼の3拍と4拍の重ね合わせ、加速する反復
代表アーティスト
- Mahmoud Jahan
- Barobax
- Ahmad Solo
代表曲
Bandari Shad — Mahmoud Jahan (1990)
Hormozgan Nights — Mahmoud Jahan (1995)
その後の代表曲
Bandar-e Abbas — Ahmad Solo (2018)
Susan Khanoom — Barobax (2008)
