伝統・民族

ハリージー音楽

Khaleeji Music

クウェート/バーレーン/サウジアラビア/UAE / 中東 · 1900年〜

別名: Sawt / Fijiri

アラビア湾岸諸国(クウェート・バーレーン・サウジ東部・カタール・UAE)の海洋都市文化に育った、ペルシア・アフリカ・アラブが交差する独自の音楽群。

どんな音か

ハリージー(「湾岸」の意)は一枚で語れるほど均一なジャンルではないが、代表的な形式はレワ(アフリカ起源の太鼓音楽)、ソウト(弦楽と歌が中心の室内楽)、サムリ(歌と打楽器の舞踊音楽)などに分けられる。共通するのは、ペルシア湾の真珠採り・海上貿易の文化から生まれた音楽的記憶だ。ウード(アラブの撥弦楽器)とヴァイオリン(オスマン時代に定着)が旋律を担い、リズムはアフリカ東岸由来の要素が強い。モハメッド・アブドゥの歌声は深く太く、湾岸の歌謡ポップの基準を作った。

生まれた背景

アラビア湾岸の港湾都市(クウェート市、バスラ、マナーマ、ドバイなど)は、17〜20世紀にペルシア・インド・東アフリカとの海上貿易と真珠採取業で栄えた。船員が東アフリカからリズムを、ペルシアから旋律形式を、インドから楽器奏法を持ち帰り、湾岸固有の音楽文化が形成された。石油収入による近代化(1960年代以降)がラジオと録音産業を急速に整備し、それがモハメッド・アブドゥのような歌手を生み出した。

聴きどころ

モハメッド・アブドゥの歌を聴く場合、声のビブラートの深さと、フレーズの末尾でゆっくり音を落とす癖に注目する。アラブの音楽全般に共通するマカーム(音階体系)の音使いがあるが、湾岸独自の音の選び方がある。打楽器の音がアラブの北アフリカとも、レバントとも違い、アフリカ的なリズムの存在感が強い。

発展

1930~50年代のクウェート・バーレーンでサウトが宮廷から大衆サロンへ拡張し、アブドゥッラー・アル・ファドハーラ、サウド・アル・ラーシド、後の世代でムハンマド・アブドゥが汎アラブで活躍した。1970年代以降の石油経済とテレビ放送網で、ハリージー・ポップが汎アラブの主流の一つとなった。

出来事

  • 1932: 真珠採り産業の崩壊で陸上化
  • 1960: クウェート・テレビ開局
  • 1985: ムハンマド・アブドゥ汎アラブで全盛
  • 2014: フィジリがバーレーンの無形文化遺産候補リストに

派生・影響

アラブ・タラブ、ペルシア古典、東アフリカ・ターラブ、インド・カッワーリーと交差。

音楽的特徴

楽器ウード、サンタール、ミルワース、タール、声、合唱

リズムサウト拍子(6/8)、フィジリ拍手、女性歌の即興

代表アーティスト

  • Mohammed Abduサウジアラビア · 1960年〜

代表曲

日本との関係

日本では中東音楽全般の認知が低く、ハリージー音楽に至ってはほぼ知られていない。湾岸諸国と日本の石油ビジネスの関係は深いが、音楽文化が日本に届くことは少なかった。

初めて聴くなら

モハメッド・アブドゥの『Laylah』(1980年)から聴く。ゆったりとした曲で、湾岸の夜の空気感を持っている。声の表現が中心なので、旋律だけ追えばジャンルの質感はつかめる。

豆知識

モハメッド・アブドゥはサウジアラビア出身で「湾岸音楽の芸術家(ファナン・アルハリージ)」と呼ばれ、50年以上のキャリアを持つ。湾岸諸国では結婚式や国家行事のたびに彼の曲が流れる存在で、日本での無名さとは対照的な認知度を持つ。

影響・派生で結ばれたジャンル

ハリージー音楽を中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

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