アイリッシュ・ショウバンド
1958-70年、アイルランドの田舎のダンスホールを埋めた7〜8人編成のカバー主体バンド群。
どんな音か
アイリッシュ・ショウバンドは、通常7〜8人編成(ホーンセクション+ギター+ベース+ドラム+ボーカル)で、米英のヒット曲、地元のカントリー&アイリッシュ、時にアイリッシュ・トラッドまでを一晩で次々に演奏したダンス・バンド群を指す。1950年代のアイルランドはテレビ普及前で、村ごとにあるパリッシュ・ホールでの週末ダンスが最大の娯楽だった。バンドは移動用の大型バン、揃いのスーツ、寸劇混じりのステージングでこの市場を独占し、原曲の忠実な再現力と、生バンドで踊れる音量を武器にした。ジャンルというより「時代の演奏形態」であり、音楽的特徴は「何でもやる」ことそのものだった。
生まれた背景
1957年結成のクリッパー・カールトンが職業ショウバンド化のモデルを確立し、1960年代前半には全国600以上のバンドが登録された。決定打はワーテルフォード出身のロイヤル・ショウバンドが1962年にドイツ・ハンブルクのスター・クラブでビートルズと共演した頃で、この時期に全国のダンスホール網が最盛期を迎えた。ラジオ・エアレン(国営放送)は伝統音楽以外の放送を制限していたので、生バンドで新しい米英ヒットが聴ける唯一の場がこの巡回ダンスだった。ダブリンから離れた田舎町でも、週末に5000人がホールに集まるのが日常だった。
聴きどころ
音源としてのショウバンドは、実は「原曲より上手いカバー」を狙っていたので、独自性より完成度で聴く音楽だ。ロイヤル・ショウバンドの『The Hucklebuck』(1965)は元米国のチャビー・チェッカー曲だが、ホーンセクションの絞り方と、ブレンダン・ボワイヤーの跳ねる歌唱で原曲を超えている。マイアミ・ショウバンドの『Clap Your Hands』は当時最新のポップ・ソウルを、フラン・オトゥールの高音ボーカルとタイトなホーンで完全に再現している。「ライブでこれが7時間続いた」という体験の断片として聴くのが正しい聴き方だ。
発展
1975年7月31日のマイアミ・ショウバンド虐殺事件が事実上の終焉となった。北アイルランドBanbridgeでのライブを終え、南のダブリンへ帰る途上、Newry近郊の偽検問所でUVF(北アイルランドのプロテスタント武装組織)がメンバー3人を射殺し、この事件はショウバンド巡業の安全神話を破壊した。テレビ普及と、ディスコ・DJ主体の会場への転換もこれに重なった。
出来事
- 1958: Clipper Carltonが職業ショウバンド化のモデルを確立
- 1962: Royal Showband、ハンブルクでビートルズと共演
- 1965: Royal Showband『Hucklebuck』全英/アイルランド1位
- 1975: Miami Showband虐殺事件
派生・影響
後のアイリッシュ・カントリー・シーン、そして1970年代アイリッシュ・ロックの土台となった。Rory Gallagherもキャリア初期にImpact Showbandに在籍している。
音楽的特徴
楽器エレクトリックギター、ベース、ドラム、サックス、トランペット、トロンボーン、キーボード、ボーカル
リズムカントリー、ロックンロール、ツイスト、ポルカ、ワルツを一晩で行き来する
代表アーティスト
- The Royal Showband
- The Miami Showband
代表曲・古典
Kiss Me Quick — The Royal Showband (1964)
The Hucklebuck — The Royal Showband (1965)
Clap Your Hands, Stomp Your Feet — The Miami Showband (1968)
There Won't Be Anymore — The Miami Showband (1974)
日本との関係
初めて聴くなら
ロイヤル・ショウバンド『The Hucklebuck』(1965)、これがアイリッシュ・ショウバンド全盛期のサウンドと熱気を最も直接的に伝える。マイアミ・ショウバンド『Clap Your Hands, Stomp Your Feet』(1968)は、ソウル/R&Bの流入がショウバンドをどう変えたかがわかる。Butch Moore『Walking the Streets in the Rain』(1965)やDickie Rockのバラード・シングルを一枚加えて聴くと、各バンドの前面ボーカリストの声の型が耳に入る。
豆知識
1975年7月31日のマイアミ・ショウバンド虐殺事件がこの時代の終焉を告げた。北アイルランドBanbridgeでのライブを終え、南のダブリンへ帰る途上、Newry近郊の偽検問所でUVF(北アイルランドのプロテスタント武装組織)がバンドの機材車を停めた。爆弾を仕込んで「バンドが運搬している」ように見せかけて共和国に密輸する計画だったが、爆弾が早期に爆発しUVFメンバーも2名死亡、続いてUVFはマイアミのメンバー3人(フラン・オトゥール、トニー・ゲラティ、ブライアン・マッコイ)を射殺した。この事件はショウバンド巡業の安全神話を破壊し、以降アイルランドの音楽産業はディスコとDJ主体の会場に急速に移行した。若きロリー・ギャラハーもキャリア初期にはImpact Showbandに在籍していた事実は、ショウバンドが当時のミュージシャンの唯一の就職先だったことを物語る。
影響・派生で結ばれたジャンル
同じ時期・同じ地域で生まれた他のジャンル
- 伝統・民族アイリッシュ・フォーク・リバイバル
