WorldMusic

ヒップホップ・R&B

チョップド&スクリュード

Chopped and Screwed

ヒューストン (テキサス州) / アメリカ / 北米 · 1993年〜

別名: Screw Music / Screwed and Chopped / Chopped Not Slopped / Slowed and Reverb

1990年代前半、ヒューストン南部の DJ Screw がラップ音源を半速に落として反復チョップするリミックス様式として発明。phonk / vaporwave / lo-fi hip-hop の共通の祖。

どんな音か

チョップド&スクリュードの音は、初めて聴くと「壊れているのではないか」と思うかもしれない。それが正しい第一印象だ。原曲を通常速度で聴いた耳の記憶が残っている状態で、同じ曲を60-70%速度に落として聴くと、声質が低く重く霊的になり、bass 領域が物理的な圧として耳の奥を押し、ハイハットのちりちりが延びて雨音のようになる。ここに DJ Screw は、二台のターンテーブル間でフレーズを短く切って反復させる「chop」を加える。ラッパーが「Third Ward, Texas」と言うと、それが「Third Ward, Third Ward, Third Ward, Texas」と繰り返される。これがヒューストン南部で1993年前後に発明された、DJ の実演リミックス技術としてのチョップド&スクリュードだ。素材はローカルのラッパー2トラック音源で、DJ Screw が自宅「Screw Shop」でカセット・ミックステープに録音、Screwed Up Click(S.U.C.)の Big Moe、E.S.G.、Fat Pat、Lil' Keke、Big Hawk、Big Pokey、Z-Ro らのライムがその素材となった。

生まれた背景

DJ Screw(Robert Earl Davis Jr.、1971-2000)はテキサス州スモール生、ヒューストン Cullen Blvd 沿いの自宅で1993年前後、Al B. Sure! の R&B などをピッチ・ダウンして聴かせる実験を始めた。当時のヒューストン南部は、90年代後半以降の Cash Money(ニューオーリンズ)、No Limit(同)、Rap-A-Lot(ヒューストン)といった南部ラップの黄金期の直前で、地元 MCs にとって S.U.C. は事実上のコミュニティ・ラボだった。DJ Screw の家「Screw Shop」は、単なる DJ の作業場を超えて、南部ヒューストンの若い黒人男性たちが集まる社交場となり、彼は依頼された「screw tape」を1日20-30本のペースで制作した。決定打は1996年、Priority Records から流通した『3 'N the Mornin' Part Two』で、以降のヒューストン南部ラップの音の教科書となった。2000年11月16日、DJ Screw は codeine syrup 過剰摂取と心臓発作の複合で急逝(29歳)、S.U.C. 側も Fat Pat(1998年銃撃死)、Big Hawk(2006年銃撃死)、Big Moe(2007年脳卒中)、Big Pokey(2022年心臓発作)と痛ましい系譜となった。

聴きどころ

第一に、聴くべきは vocal のピッチダウン。原曲の男性ラップ声が「重く霊的な」低音になり、時に人間の声質を超えて楽器のように鳴る。第二に、bass の物理的圧。テンポが下がるとキックドラムと 808 bass の一回一回が長く伸び、耳の奥を押す。第三に、hi-hat の延伸。細かいちりちりが雨音のように広がる。第四に、chop(反復切断)。二台のターンテーブル間で短いフレーズを切り出して反復させることで、「Third Ward, Third Ward, Third Ward, Texas」のような踊るような繰り返しが生まれる。第五に、素材のローカリティ:ヒューストン南部の地名(Fifth Ward、Third Ward、South Park、Cullen Blvd)がラップの中に頻出する。第六に、S.U.C. の他愛ない会話が録音の合間に挟まれる、コミュニティ・ドキュメントとしての側面。

発展

2000年11月16日、DJ Screw は codeine 過剰摂取と心臓発作の複合で急逝(29歳)、S.U.C. の同僚も相次いで急逝(Fat Pat 1998、Big Hawk 2006、Big Moe 2007、Big Pokey 2022)する痛ましい系譜となる。2000年代前半、Michael Watts(Swishahouse)率いる第二世代が Slim Thug、Paul Wall、Chamillionaire、Mike Jones を通じてより商業的な screw 音を全米に届け、Kanye West《Sunday Morning Jetpack》や Drake《Take Care》(2011)のヴォーカル処理にも screw 由来のピッチダウンが恒常的に採用されるようになった。2010年代以降、この技法は phonk(Memphis 系ロー・ファイ・ラップの再解釈)、vaporwave(80年代スムーズ・ジャズを screwed した)、lo-fi hip-hop(Nujabes 以降のサンプル・ローファイ)へと分岐、そして2018年前後 TikTok の「slowed + reverb」ミームとして再ブレイクした。

出来事

  • 1993: DJ Screw、実験開始
  • 1994: E.S.G.《Everyday Street Gangsta》
  • 1996: DJ Screw《3 'N the Mornin' Part Two》
  • 1997: Lil' Keke《Southside》
  • 1998: Fat Pat 銃撃死
  • 2000: DJ Screw 急逝(29歳)
  • 2004: Big Moe《City of Syrup》全米流通
  • 2018前後: TikTok「slowed + reverb」再ブレイク

派生・影響

phonk(直接の子孫)、vaporwave(spiritual descendant)、lo-fi hip-hop(方法論の孫)、cloud rap(ピッチ処理の親戚)、southern hip hop の副流。ヒップホップ全体の regional_variant としてヒューストン支流。

音楽的特徴

楽器Technics SL-1200 ターンテーブル二台(ピッチ・フェーダー-8半音まで対応)、Rane DJ ミキサー、ミックステープ用カセット、素材はローカル・ヒューストン・ラップの2トラック音源

リズム原曲60-70%速度への一律減速、4-8小節単位の反復チョップ、ヴォーカル・ラインへの二重発音(=double)、そして bass 領域のサブロー化

代表アーティスト

  • DJ Screwアメリカ · 1990年〜2000
  • E.S.G. (Cedric Hill)アメリカ · 1994年〜
  • Fat Patアメリカ · 1994年〜1998
  • Lil' Kekeアメリカ · 1994年〜
  • Big Moeアメリカ · 1996年〜2007
  • Lil' Flipアメリカ · 2000年〜

代表曲

日本との関係

日本のリスナーにとって、チョップド&スクリュードは「知らずに毎日聴いている音」と言ってよい。2010年代以降の日本の lo-fi hip-hop(Nujabes 系譜の展開、Tomggg、STUTS、Michael Kaneko らの作品)、そして VTuber・アニソン界隈の「slowed + reverb」トレンドは、いずれも技術的にはチョップド&スクリュードの直接の子孫だ。特に2018年前後、TikTok と YouTube で「slowed + reverb」の英日ポップ楽曲リミックスがバイラル化し、この時に日本の Z 世代は無意識のうちに DJ Screw の発明を耳に刷り込んだ。phonk の日本国内シーンも急拡大し、Kordhell、Playa フォンク 系の楽曲は Tokyo Xanadu や渋谷 Contact のクラブ・イベントの定番となった。ヒップホップ研究の面では、Zeebra や DABO らの2000年代前半の作品にヒューストン・サウンドへの言及がしばしば見られ、日本ヒップホップ・ヘッズは Screw の系譜を認識していた。ただし DJ Screw 本人と日本の直接接点は、彼の29歳での急逝により発展できずに終わった。

初めて聴くなら

まず DJ Screw《3 'N the Mornin' Part Two》(1996)の全編から。1時間近い screw tape の完全な形で聴いて、その減速の中に浸る感覚を体験することが起点。次に E.S.G.《Everyday Street Gangsta》(1994)と Lil' Keke《Southside》(1997)で、S.U.C. のラップ本体を通常速度と screwed 版の両方で聴き比べる。深く入るなら Big Moe《City of Syrup》(2000)全編、Fat Pat《Ghetto Dreams》(1998、遺作)、Z-Ro《Life》(2004)まで。系譜の枝分かれとしては、DJ Paul & Juicy J(Three 6 Mafia、Memphis 側)の1990年代テープと、Michael Watts(Swishahouse)の2000年代前半 screw tape を並べて聴くと、この様式が南部ラップ全体に広がった過程が分かる。

豆知識

DJ Screw は生前、自宅「Screw Shop」でカセット・ミックステープを1本 $10 で販売しており、1年に数千本を売って生計を立てていた。地元のヒップホップ・ヘッズは実店舗を訪ねて彼の家に並び、その場で希望曲リストを渡すと彼が数時間で mixtape を組んで手渡した。彼の家は事実上のインディー・レーベルとして機能した。彼の死後、この数千本のカセット・ミックステープの一部は Screwed Up Records & Tapes という彼の家族が運営する店で今も入手可能で、ヒューストン南部の「聖地巡礼」対象となっている。もう一つ:「chopped and screwed」の技法は、DJ Screw が単なるピッチダウンではなく、二台のターンテーブル間で音源を切り出して重ねる複雑な作業を伴っていたため、彼の生前は他の DJ が完全に模倣できないとされた。彼の死後、Michael Watts らが「chopped not slopped」という亜種を発展させ、以降デジタルツール(Ableton、Pro Tools)でこの様式が模倣可能となり、TikTok の「slowed + reverb」まで一直線に繋がっていった。

同じ時期・同じ地域で生まれた他のジャンル

アメリカ · 1993年前後 (±25年)