バジェナート
コロンビア・カリブ海岸の三本柱(アコーディオン、カハ、ガチャラカ)を核にした語りの音楽。
どんな音か
生まれた背景
19世紀後半から20世紀初頭、ドイツ商船経由でカリブ海岸に上陸したアコーディオンが、先住民由来のガチャラカとアフリカ系のカハと結びついて三点編成が固まった。初期は集落を回る行商歌手ジュグラーが農園の逸話を伝える口承ニュース媒体としての役割を持ち、1948年からバジェドゥパル(セサール県都)で毎年開催されるレジェンダ・バジェナータ祭が「大物アコーディオニスト(rey vallenato)」を選出する競演の頂点になった。1970年代にディオメデス・ディアスがロマンティックな歌唱様式を持ち込みバジェナートを全国的な大衆音楽に押し上げ、1993年カルロス・ビベスの『Clásicos de la Provincia』が国境を越えたクロスオーバー・ヒットとなった。
聴きどころ
まず三点編成の役割分担に耳を澄ませてほしい。アコーディオンが旋律とハーモニーを一手に引き受け、カハ・バジェナータが片面太鼓の粘りのある低音で拍を打ち、ガチャラカが竹を擦って鳴らす細かい16分音符で疾走感を作る。次にリズム形式の切り替えで、パセオ(4/4の物語調バラード)から入り、メレンゲ・バジェナート(6/8の跳ねる中速)、プーヤ(高速の6/8)、ソン(2/4の重い足取り)を作品の中で行き来する。ディオメデス・ディアスの歌唱を聴くと、フレーズの最後で声を微かに上に振り上げる癖があり、これがバジェナート特有の「泣き」の様式だ。カルロス・ビベスの1993年盤は伝統的な三点編成にエレキ・ベースとドラムを加えた「電化バジェナート」の完成形。
発展
1970年代にディオメデス・ディアスがロマンティックな歌唱様式を持ち込みバジェナートを全国的な大衆音楽に押し上げ、1993年カルロス・ビベスの『Clásicos de la Provincia』(伝統曲を電化リズム隊で再演)が国境を越えたクロスオーバー・ヒットとなり、バジェナートは南米/スペイン語圏全体の耳に届いた。ビベスの解釈を「純粋性の破壊」と非難する伝統派と「バジェナートを救った」と称える現代派の対立は、いまも祭の場で続いている。
出来事
- 1948: Festival de la Leyenda Vallenata初開催
- 1993: Carlos Vives『Clásicos de la Provincia』
- 2013: Diomedes Díaz没(60万人が葬列)
- 2015: UNESCO無形文化遺産登録
派生・影響
コロンビア・ロック(カルロス・ビベス経由)、レゲトン・コロンビアーノの一部曲(J Balvin, Silvestre Dangondとのコラボ)、Shakiraの初期作品にも痕跡。
音楽的特徴
楽器ダイアトニック・アコーディオン、カハ・バジェナータ、ガチャラカ、ボーカル
リズムパセオ(4/4のバラード)、メレンゲ・バジェナート(6/8)、プーヤ(高速の6/8)、ソン(2/4)の4形式
代表アーティスト
- Alejo Durán
- Rafael Escalona
- Los Gaiteros de San Jacinto
- Diomedes Díaz
代表曲・古典
La Casa en el Aire — Rafael Escalona (1953)
La Custodia de Badillo — Rafael Escalona (1965)
Alicia Adorada — Alejo Durán (1968)
039 — Alejo Durán (1970)
La Diosa Coronada — Diomedes Díaz (1988)
Los Caminos de la Vida — Diomedes Díaz (1993)
Sin Medir Distancias — Diomedes Díaz (1994)
Fuego de Cumbia — Los Gaiteros de San Jacinto (2006)
代表曲・現在
La Tierra del Olvido — Carlos Vives (1995)
日本との関係
日本での認知は極めて薄く、カルロス・ビベスの『La Gota Fría』(1993)がラテン音楽好きの一部に届いた程度が実情だ。2010年代以降、Shakira(バランキージャ出身)や、J Balvin、Karol Gら世界的なコロンビア・レゲトン・スターの台頭に伴い、彼らが自作で引用する「アコーディオンのフレーズ」経由でバジェナートの音色そのものは日本のリスナーの耳に届き始めている。Karol GがBLACKPINKと共作した2023年の一連の楽曲でも、バジェナート的なアコーディオンのライン引用があり、この経路が日本での認知拡大の主戦線になっている。国内でバジェナートを本格的に演奏するグループはほぼ存在しない。
初めて聴くなら
最初はカルロス・ビベス『La Gota Fría』(1993、アルバム『Clásicos de la Provincia』所収)。伝統的な三点編成を電化したこの一曲がバジェナートの入り口として最も広く聴きやすい。次にディオメデス・ディアス『Los Caminos de la Vida』(1993)、伝統的な純度と歌い手の存在感が完璧に噛み合った代表作だ。アレホ・ドゥラン『Alicia Adorada』は最古典的な三点編成の音を伝える。夜、少し暗くした部屋でスピーカーで鳴らすと、カハの低音の粘りが体に伝わってくる。
