津軽民謡
青森県津軽地方の力強く即興性の高い民謡群。
どんな音か
聴きどころ
高橋竹山の「津軽じょんがら節」(1964年)では、三味線の最初の一打ちから音の強さに注目するとよい。ギターとは異なる金属的な余韻と、打ち込む強さから来る音の歪みが独特。こぶしが入る場所——声が一瞬揺れてから元の音程に戻る箇所——は感情の強調であり、民謡ならではの表情付けを体感できる。速弾きセクションでは指の動きを想像しながら聴くと、即興と定型の境界を感じ取れる。
初めて聴くなら
高橋竹山の「津軽じょんがら節」(1964年)が出発点として外せない。一人の盲目の旅芸人がその音楽を磨いた背景を念頭に置いて聴くと、速弾きの意味が変わる。吉田兄弟の演奏はより録音が鮮明で高音質なため、三味線の音の構造を聴き取りたい人はそちらから入るのもよい。
代表アーティスト
- 高橋竹山
- 吉田兄弟
代表曲
- 高橋竹山 — 津軽じょんがら節 (1964)
生まれた背景
津軽地方(青森県西部)は江戸時代を通じて厳しい飢饉に繰り返し見舞われ、特に天明・天保の飢饉では大量の餓死者を出した。門付け芸人(ごぜや盲目の旅芸人)たちが村から村へ渡り歩き、三味線を弾いて物乞いをしながら生きた。
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その移動と即興の実践が「じょんがら節」「よされ節」「おはら節」などの曲目を磨いた。高橋竹山は1964年に初めてアルバムを出し、民謡として伝承されてきたこの音楽をコンサートの独奏スタイルとして成立させた。吉田兄弟は1990年代後半からロック・クラブ音楽とのコラボレーションを積極的に行い、若い世代への窓口を開いた。
音楽的特徴の詳細
楽器津軽三味線(太棹)、太鼓、尺八、声
リズム速く強い撥打ち、即興前弾き、変拍子的なノリ
発展
戦後、高橋竹山が舞台演奏者として津軽三味線を独立芸能の地位に押し上げた。1970年代以降は津軽三味線全国大会が開催され、競技化と若手育成が進んだ。21世紀には吉田兄弟・上妻宏光らが現代化と国際的展開を牽引している。
出来事
- 明治期: 仁太坊らによる津軽三味線芸の成立。
- 1964年: 高橋竹山初の単独リサイタル。
- 1985年: 津軽三味線全国大会の制度化。
- 1999年: 吉田兄弟『いぶき』で津軽三味線ブーム。
- 2010年代: 若手プレイヤーの国際公演活発化。
派生・影響
津軽三味線という独立芸能を生み、また現代の和楽器ポップスやワールドミュージック交流の素材となった。
日本との関係
豆知識
「じょんがら」という名称の語源には諸説あり、地名説・擬音説・外来語起源説などがある。いずれも確証がなく、民謡研究者の間でも結論が出ていない。
影響・派生で結ばれたジャンル
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