端唄
江戸後期に成立した、短く軽妙な三味線歌曲。
どんな音か
生まれた背景
江戸後期(文化・文政年間、1804〜1830年代)に、江戸の花柳界で発展した。それ以前の俗曲(俗謡)から派生し、三味線音楽のジャンルとして独立した位置を占めるようになった。明治以降も芸者や料亭の座敷文化とともに続き、録音技術が普及した昭和初期には蓄音機レコードで全国に広まった。現在は端唄の師匠筋による演奏会・発表会が続いており、東京の伝統芸能の一部として命脈を保っている。ポピュラー音楽との接続は薄いが、昭和歌謡のなかに端唄的な節回しを取り入れた歌手もいた。
聴きどころ
発展
幕末から明治にかけて流行のピークを迎え、新橋・柳橋の芸者が必修教養とした。昭和期には端唄演奏家が伝統芸能として継承し、ラジオ・録音で普及した。現代は端唄保存会等が継承する。
出来事
- 1830年代: 江戸町人文化での端唄流行。
- 1855年: 端唄『春雨』発表。
- 1900年: 新橋花柳界での端唄定着。
- 1950年代: 端唄保存運動。
- 2000年代: 邦楽教育素材として再注目。
派生・影響
端唄からさらに短く変奏した小唄が幕末に独立し、現代まで芸者文化と結びついて存続している。
音楽的特徴
楽器細棹三味線、声
リズム短い詞章、軽快なテンポ、粋を尊ぶ抑制的な節回し
代表曲
- 梅は咲いたか
日本との関係
日本の伝統音楽なので受容・影響の問題は生じないが、現代の日本人の耳にも「古臭い」と感じられることが多い音楽だ。昭和の映画やドラマで座敷の場面に流れるBGMとして耳に残っている人はいる。近年は着物文化の見直しや伝統芸能への関心の高まりの中で、若い世代の師匠も出てきているが、音楽としての広がりは限定的。
初めて聴くなら
「梅は咲いたか」の録音(複数の名取・師匠による版がある)を、三味線の音色に集中しながら聴いてみてほしい。細棹三味線の細い音が、大きな音量ではなく近い距離で聴くことを前提にしているのがよく分かる。
豆知識
影響・派生で結ばれたジャンル
同じ時期・同じ地域で生まれた他のジャンル
- 古典三曲
