ナイジャ・ストリート・ホップ (Zanku)
2018年 Zlatan Ibile《Zanku Legwork》以降のラゴス発ストリート・アフロビート。Yoruba スラング+荒いドラム+踊りの動作(Zanku、Zazoo)先行の楽曲構造。Naira Marley、Poco Lee、Bella Shmurda、Portable が中心。
どんな音か
ナイジャ・ストリート・ホップの音は、アフロビーツ の主流(Wizkid、Davido、Burna Boy)を聴き慣れた耳には最初『同じ土地から出た、より荒い音』と感じられる。それは正しい。技術的な骨組み——アフロビート由来のプログラム・ドラム、shekere と dundun のサンプル、Yoruba+英語のコード・スイッチ——は共有される。しかし違いは決定的だ。Zlatan Ibile《ナイジャ・ストリート・ホップ (Zanku)》(2018) を聴くと、シンプルな4小節の反復ループの上に、Zlatan の Yoruba スラング(『ナイジャ・ストリート・ホップ (Zanku)』『Legwork』『Kapaichumarimarichupaco』)が畳みかけるように乗り、ダンス動作の名前が楽曲タイトルとフックの中心になる。Portable《Zazoo Zeh》(2021) では、Portable のカオティックな声質と Poco Lee の踊りが楽曲の核となり、洗練された EDM プロダクションではなく『クラブでダンスできる』ことが最優先される。Naira Marley《Am I A Yahoo Boy》(2019) では詐欺師テーマの挑発的リリックが、以降のシーンの倫理的グレーゾーンを予告した。
生まれた背景
決定的な起点は2018年、Zlatan Ibile が Rexxie プロデュースの《My Body》に続き、《ナイジャ・ストリート・ホップ (Zanku)》(2018) でラゴスのストリート・シーンに新しいダンス動作を持ち込んだことだ。この楽曲は12週間にわたってラゴスのクラブとバスの中で鳴り続け、ダンス動作『ナイジャ・ストリート・ホップ (Zanku)』(片脚を上げて踏み込む動き)を国民的なムーブメントに押し上げた。同時期に Naira Marley が英国育ちから帰国、ナイジャ・ストリート・ホップ (Zanku) レーベルを2019年に設立、Zlatan、Rexxie(プロデューサー)、Mohbad、Bella Shmurda、Zinoleesky らを擁して『Marlian』サブジャンルを本格化した。Naira Marley《Am I A Yahoo Boy》(2019、Zlatan 共演) は詐欺師をテーマとする挑発的な楽曲で、警察逮捕・釈放事件を通じてかえって話題化した。2023年9月、Mohbad(Naira Marley の後継として期待されていた25歳)が謎の死を遂げ、シーンに衝撃を与えた。
聴きどころ
第一に、ダンス動作先行の楽曲構造。『ナイジャ・ストリート・ホップ (Zanku)』『Zazoo』『Legwork』といった踊りの動作名が楽曲タイトルとフックの中心で、これはアフロビート主流の『歌詞先行』とは対照的。第二に、Yoruba スラングとピジン英語の頻用。ラゴス Mainland のストリートで実際に使われる言葉が歌詞にそのまま流入する。第三に、shekere と dundun(トーキング・ドラム)のサンプル。伝統的なヨルバ音楽の楽器音が、trap の 808 とは別の並行するリズム層として機能する。第四に、意図的に荒いプロダクション。Wizkid・Burna Boy の主流アフロビートが洗練された EDM 系ミックスであるのに対し、ストリート・ホップは意図的にザラついたドラムを保つ。第五に、TikTok ナイジェリア とラゴスのバス(ダンフォ)の中で音楽が発見される『ローカル流通』の生態系。
発展
2020-21年、Zlatan《Bolanle》(2020)、Naira Marley《Coming》(2020)、Bella Shmurda《Rush》(2021、Olamide 共演)などが定着、Poco Lee(1995-、ダンサー兼歌手)がバイラル・ダンサーとして楽曲提供する『Zazoo Zeh』(2021、Portable 主唱)のトラックが2022年前半にラゴスからナイジェリア全土・南アフリカ・英国ナイジェリア系ディアスポラへと波及した。Portable(本名 Habeeb Okikiola、1994-、Ogun 州出身)は独自のカオティックな声質と『Zazoo』ダンスで一夜にしてスターとなったが、以降暴力事件や政治的発言で物議を醸し続けている。2023年9月、Mohbad(Naira Marley の後継として期待されていた25歳)が謎の死を遂げ、ラゴスのストリート・シーンに衝撃を与え、Marlian Music と Naira Marley 自身への警察捜査に発展した。この事件はナイジェリア国内のストリート・ホップ・シーンの倫理と力関係を再考させる契機となった。
出来事
- 2018: Zlatan Ibile《Zanku Legwork》
- 2019: Naira Marley Marlian Music 設立、《Am I A Yahoo Boy》逮捕事件
- 2020: Zlatan《Bolanle》
- 2021: Bella Shmurda+Olamide《Rush》、Portable+Poco Lee《Zazoo Zeh》
- 2022: Portable《Zazoo Zeh》全国的ヒット
- 2023/09: Mohbad 変死、Marlian Music への警察捜査
- 2024: Zlatan・Bella Shmurda が Afrobeats 主流ラインへの接続を進める
派生・影響
afrobeats(regional_variant、より street 寄りの下位変種)、hip-hop(influenced、ヨルバ・ラップとしての系譜)、pop(fused_with、TikTok を通じた主流ポップとの融合)、alté(sibling、同時期のラゴス発オルタナ系との対比項)、south-african-amapiano(influenced、2022-23年の相互影響)。
音楽的特徴
楽器アフロビート由来のプログラム・ドラム(kick、snare、hi-hat)、しばしば shekere(ビーズ楽器)や dundun(トーキング・ドラム)のサンプル、シンセ・パッド、AutoTune、bass はしばしば TR-808 の低音を軽く効かせる程度
リズム100-115 BPM 主体のアフロビート系拍節、ヨルバ音楽の 12/8 感覚を4/4に変換した独特のスウィング、しばしば half-time 感覚で dance-step に同期
代表アーティスト
- Naira Marley
- Zlatan Ibile
- Bella Shmurda
- Portable
代表曲
Am I A Yahoo Boy — Naira Marley (2019)
Zanku Legwork — Zlatan Ibile (2018)
その後の代表曲
Bolanle — Zlatan Ibile (2020)
Rush — Bella Shmurda (2021)
Zazoo Zeh — Portable (2021)
日本との関係
日本のリスナーにとってナイジャ・ストリート・ホップは、アフロビーツ に慣れた層が『より荒い/ストリート寄りの音』として発見するニッチ・ジャンルだが、日本での認知はまだ限定的。Wizkid、Burna Boy、Davido のような アフロビーツ 主流アーティストは日本の YouTube・Spotify 経由で一定の認知を持つが、Zlatan・Naira Marley・Portable のストリート・シーンは日本のヒップホップ研究者やアフリカ音楽愛好家の間で徐々に認知されている段階。日本国内のナイジェリア系コミュニティ(在日ナイジェリア人約3000人、東京・埼玉・愛知)はナイジェリアからの直接輸入で楽曲を受容しており、ラゴスのストリート・シーンの新作を最も早く聴く層となっている。
初めて聴くなら
まず Zlatan Ibile《ナイジャ・ストリート・ホップ (Zanku)》(2018) から。ナイジャ・ストリート・ホップの起点作、ナイジャ・ストリート・ホップ (Zanku) ダンスと Yoruba スラングの導入。次に《Bolanle》(2020) で Zlatan の2020年代前半の代表作、Naira Marley《Am I A Yahoo Boy》(2019) で ナイジャ・ストリート・ホップ (Zanku) レーベルの起点、Portable + Poco Lee《Zazoo Zeh》(2021) で Portable のブレイクとバイラル・ダンスの融合、Bella Shmurda + Olamide《Rush》(2021) で新旧世代の交差、Zinoleesky《Kilofeshe》(2020) で若手 Marlian の代表作を並列に聴くと、シーンの多層的な発展が見える。
豆知識
『ナイジャ・ストリート・ホップ (Zanku)』というダンス動作は Zlatan Ibile が2018年前半にラゴスのクラブで実演していた即興的な動きが元で、彼はこれに『Legwork』というサブネームを付けて楽曲化した。ナイジャ・ストリート・ホップ (Zanku) の踊り方は『片脚を上げて踏み込みつつ、両腕を左右に振り、体を左右に揺らす』という比較的シンプルな動きで、これがナイジェリア全土のバス車内やクラブで模倣可能なミームとなり、TikTok ナイジェリア の初期バイラルの中心となった。もう一つ:Naira Marley はイギリス Peckham(南ロンドン)で育った経歴を持ち、イギリスドリル・シーンとの人脈を持つ。この英国育ち背景が、ナイジャ・ストリート・ホップ (Zanku) の楽曲プロダクションに英国的なダーク・トラップ感覚を持ち込んだ要因の一つで、ナイジャ・ストリート・ホップが同時期の UK ドリルと兄弟的な質感を共有する理由となっている。
同じ時期・同じ地域で生まれた他のジャンル
- ヒップホップ・R&Bアフロ・フュージョン
- ポップアルテ
- 伝統・民族アフロビーツ
