アフロビート
1960年代末にFela Kutiが確立した、Highlife・Funk・Jazzを融合した政治色の強いアフリカ音楽。
どんな音か
1曲の政治ソングが原因で軍に自宅を焼かれ、その襲撃で母を失った音楽家がいる。それがアフロビートを生んだFela Kutiだ。ナイジェリアで1960年代末に生まれたこの音楽は、ジャズ、ファンク、ハイライフ、ヨルバ伝統音楽を融合させたものだ。1曲は10〜30分におよぶ長尺だ。起承転結のある展開はなく、同じリズムが回り続け、楽器が一つずつ加わって熱を帯びていく。この反復と積み上げこそが曲の骨格をなす。BPMは100〜120ながら、編成は20人を超える大所帯だ。サックス、トランペット、トロンボーンのホーンセクションを中心に、エレキベース、刻むように弾くギター、複数のパーカッション、ドラム、女声コーラス、リードボーカルが重なり合う。歌詞は英語とピジン英語で、軍事政権を名指しで糾弾し、社会変革を迫る。
生まれた背景
ロンドンのトリニティ音楽院で学んだFelaがアフロビートへ舵を切る決定打となったのは、1969年のロサンゼルス滞在だ。歌手で活動家のSandra Smith(のちのSandra Izsadore)からMalcolm Xの著作を手渡され、ブラック・パワー運動に触れて、自身の音楽を政治化していった。ナイジェリアに帰国後、自宅兼スタジオを国家から独立した『カラクタ共和国(Kalakuta Republic)』と称し、半ば挑発的に宣言する。さらにクラブ「Afrika Shrine」を開き、政治的かつ音楽的な実験の拠点とした。1970年代を通じて軍事政権との衝突を続けながら(1978年には母を死なせた襲撃も受けた)、アフロビートを世界へ送り出した。1984年には通貨持ち出し容疑で投獄され(1986年釈放)、1997年にAIDS関連の合併症で死去している。Felaの死後も、息子のFemi KutiとSeun Kuti、孫のMade Kutiが伝統を継承。アフロビートのリズムそのものを設計したドラマーTony Allenを経て、ブロードウェイ・ミュージカル『Fela!』のバックも務めたニューヨークのバンドAntibalasまで、その血脈は途切れていない。
聴きどころ
曲の最初の3分ほどはリズムだけで進み、その間に音の層が一つずつ重なっていく。この徐々に厚みを増す感覚にまず耳を傾けたい。Tony Allenのドラム、とりわけバスドラとライドシンバルの絡みにも耳を澄ませたい。ホーン隊が短く鋭いフレーズを同じ形で何度も叩き込む『キメ』(英語でstab)も聴きどころだ。さらに、ヨルバ伝統のトーキングドラムや、ひょうたんにビーズの網を巻いた振り楽器シェケレといった打楽器にも耳を向けたい。ボーカルはリードと女声コーラスの掛け合い(コール&レスポンス)で進む。Felaの歌詞は英語とピジン英語による痛烈な社会批判で、聞き取れれば当時のナイジェリアで何が起きていたかがそのまま伝わってくる。
リズムを聴く
このジャンルを特徴づける代表的なリズムパターン。再生ボタンでループ再生し、下のリズム譜で今どの拍が鳴っているかを確認できます。
代表アーティスト
- Fela Kuti
- Tony Allen
- Ebo Taylor
- Femi Kuti
代表曲
- Lady — Fela Kuti (1972)
- Water No Get Enemy — Fela Kuti (1975)
- Zombie — Fela Kuti (1976)
- Sorrow Tears and Blood — Fela Kuti (1977)
- Beng Beng Beng — Femi Kuti (1999)
日本との関係
初めて聴くなら
1曲だけ聴くなら、Fela Kuti『Zombie』(1976)。軍事政権の兵士をゾンビに例えた攻撃的な政治ソングだ。アルバムなら『Expensive Shit』(1975)や『Gentleman』(1973)を。どちらもA面まるごとが一曲という構成で、バンドの最盛期をとらえている。継承者の流れを追うなら、Femi Kuti「Beng Beng Beng」(アルバム『Shoki Shoki』1998年)や、Tony Allenのソロ作、ニューヨークのAntibalas『Talkatif』(2002)を聴いてみてほしい。
豆知識
前年に発表した『Zombie』が軍を激怒させ、1977年、Fela Kutiの自宅兼スタジオ「Kalakuta Republic」が約千人の兵士に襲撃された。当時76歳で女性参政権運動家でもあった母Funmilayo Ransome-Kutiが、兵士によって2階の窓から投げ落とされ、その傷がもとで翌年に亡くなった。Felaはこの死をきっかけに、1979年、母をかたどった模型の棺を、退任直前の国家元首オバサンジョが拠点とした官邸『ドダン兵舎』の門前まで運ぶ抗議行進を行い、のちにこの事件を主題とした『Coffin for Head of State』(1981)を発表した。
影響・派生で結ばれたジャンル
同じ時期・同じ地域で生まれた他のジャンル
- 伝統・民族フジ
