伝統・民族

アフロビート

Afrobeat

ラゴス / ナイジェリア / 西アフリカ · 1968年〜

1960年代末にFela Kutiが確立した、Highlife・Funk・Jazzを融合した政治色の強いアフリカ音楽。

どんな音か

Fela Kutiが1968年に確立したナイジェリアの音楽。ジャズファンクハイライフ、ヨルバ伝統音楽の融合。BPMは100〜120だが、楽曲は10〜30分の長尺が標準。20人以上のバンドで、サックス、トランペット、トロンボーンのホーンセクション、エレキ・ベース、エレキ・ギター(クリーンなアフリカ・カッティング)、複数のパーカッション、ドラム、合唱、リード・ヴォーカル。歌は英語とピジン英語、テーマは政治批判、社会変革、軍事政権との対立。「the groove」が永遠に続くような感覚で、起承転結より反復と漸増が骨格。

生まれた背景

1968年、Fela Kutiがロンドンとロサンゼルスでの音楽体験から、ナイジェリアに帰国してKalakuta Republicという独立コミュニティを立ち上げ、政治的かつ音楽的な実験を始めた。1970年代を通じて軍事政権との衝突を続けながら、世界規模で「アフロビート」を発信。1997年にFelaが死去後、息子Femi Kuti、孫Made Kutiが伝統を継承。Tony Allen(ドラマー)、Roy Ayers(ヴァイブラフォン奏者、Felaとコラボ)、Antibalas(ニューヨークのアフロビート・バンド)と継承者は世界に。

聴きどころ

曲の最初の3分はリズムだけで構築される、その間にレイヤーが少しずつ重なる「漸増」の感覚。Tony Allenのドラム(特にバスドラとライドの絡み)。ホーンセクションのキメ(プンチェ)、ヨルバ伝統の打楽器(タルク、シェケレ)。Felaの歌は英語の社会批判で、聴き取れると現代史の教科書になる。

代表アーティスト

  • Fela Kutiナイジェリア · 1958年〜1997
  • Tony Allenナイジェリア · 1960年〜2020
  • Ebo Taylorガーナ · 1962年〜
  • Femi Kutiナイジェリア · 1986年〜

代表曲

日本との関係

1980年代から日本ジャズフュージョン界がアフロビートに関心を持ち、菊地成孔、菅野よう子、ソイル・アンド・ピンプ・セッションズ、東京スカパラダイスオーケストラなどがアフロビートの編成・リズム感を直接の参照点にしてきた。Fela KutiやFemi Kutiの来日公演は何度も行われている。

初めて聴くなら

1曲だけ聴くなら、Fela Kuti『Zombie』(1976)。軍事政権の兵士をゾンビに例えた攻撃的な政治ソング。アルバムなら、『Expensive Shit』(1975)、『Gentleman』(1973)。継承者なら、Femi Kuti『Beng Beng Beng』。

豆知識

Fela Kutiは1977年に「Kalakuta Republic」(自宅兼スタジオ)が軍に襲撃され、彼の母(女性参政権運動家のFunmilayo Ransome-Kuti)は2階の窓から投げ落とされて翌年死去した。Felaはその死を主題に『Coffin for Head of State』(1981)を作り、母の棺を軍事政権の本部に運ぶ抗議行動を実際に行った。

影響・派生で結ばれたジャンル

アフロビートを中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

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