宗教・霊歌

モテット

Motet

西ヨーロッパ · 1220〜1750年

中世末期に成立し、ルネサンス〜バロックに至るまで多様な形を取ったラテン語多声声楽の主要ジャンル。

どんな音か

複数の声部が同時にそれぞれ異なる旋律を歌いながら、全体として整合した響きを作る。中世盛期の初期モテットでは3声部が同時にラテン語・フランス語・俗語の歌詞を別々に歌うこともあり、テキストが絡み合う複雑さが演じる場での知的な楽しみだった。ルネサンス期になるとパレストリーナが示したように、各声部が次々と同じ旋律を模倣しながら入ってくる「カノン的展開」が主流になり、音がゆっくり積み上がっては解消するなだらかな波のような流れになる。音量の強弱ではなく、声部の増減と和声の緊張・緩和で感情をコントロールする音楽だ。

生まれた背景

原型は13世紀初頭、パリのノートルダム楽派が単声聖歌(グレゴリオ聖歌)の上声部に新しいテキストと旋律を加えたことに始まる。当時「モテット」の語源はラテン語のmotetus、つまり「言葉を持つ声部」という意味だった。14世紀にはギヨーム・ド・マショーが世俗モテットを書き、15世紀のデュファイを経て、ジョスカン・デ・プレが模倣対位法を洗練させた時代にジャンルとして確立した。バッハが1727年に書いた「Singet dem Herrn」BWV 225は、二つの合唱団が掛け合いながら複雑なポリフォニーを展開し、モテットという形式の延命を示している。

聴きどころ

ジョスカン・デ・プレの「Ave Maria…virgo serena」(1485年頃)では、最初に1声部が旋律を歌い始め、少し遅れて2声部目が同じ旋律で入り、さらに3、4声部と重なっていく——この「波が次々と来る」感覚をまず耳で確かめてほしい。次に、全声部がそろった瞬間の和音の「落ち着き」と、その直前の不協和な緊張感の対比に注目すると、対位法の仕掛けが見えてくる。声部同士がぶつかりそうになりながら、最後には綺麗に着地する快感だ。

発展

ジョスカン「Ave Maria…virgo serena」(c.1485)が模倣対位法の理想形を示し、パレストリーナ、ラッスス、ヴィクトリアらが各地で頂点に達した。バロック期にはシュッツ「シンフォニエ・サクレ」、バッハ「6つのモテット」のように器楽伴奏や複合唱形式へ発展した。19世紀以降はブルックナー、プーランクが新たな作曲モデルを与えた。

出来事

  • 1280年頃: モンペリエ写本収録の3声モテット
  • 1485年頃: ジョスカン「Ave Maria…virgo serena」
  • 1572: タリス「Spem in alium」40声
  • 1727: バッハ「Singet dem Herrn ein neues Lied」 BWV225

派生・影響

プロテスタント・モテット(シュッツ)、英国アンセム、近代の宗教合唱曲(ブルックナー、フォーレ、プーランク、ペルト)へ連続的に発展した。

音楽的特徴

楽器合唱(任意で通奏低音、器楽)

リズム模倣対位法、定旋律技法

代表アーティスト

  • ギヨーム・デュファイフランドル · 1415年〜1474
  • ジョスカン・デ・プレフランドル · 1470年〜1521
  • ジョヴァンニ・ピエルルイジ・ダ・パレストリーナイタリア · 1545年〜1594
  • オルランド・ディ・ラッソフランドル/ドイツ · 1555年〜1594
  • ハインリヒ・シュッツドイツ · 1610年〜1672

代表曲

日本との関係

日本では明治以降の西洋音楽教育が主に器楽と声楽(歌曲・オペラ)を中心としたため、ルネサンスの多声音楽はながらく専門家と教会音楽関係者の領域だった。1990年代以降、ポリフォニー合唱の演奏団体が増え、東京や京都の古楽フェスティバルでモテットが取り上げられるようになった。一般への間口は広くないが、合唱コンクールでルネサンス作品を選ぶ団体が出てきたことで、高校・大学の合唱部を通じて触れる人も増えている。

初めて聴くなら

ジョスカン・デ・プレ「Ave Maria…virgo serena」が最初の一歩として最適だ。4声部がゆったりとした音量で、静かな夜に耳を澄ませて聴くと声の重なりが体に入りやすい。次にパレストリーナ「Sicut cervus」(1581)を聴けば、より磨かれた滑らかさの違いが分かる。

豆知識

タリス・スコラーズが歌ったトマス・タリスの40声部モテット「Spem in alium」は、1573年頃の作品で今も演奏会で特別な扱いを受ける。半円形に配置された8グループ×5声部=40人が順番に旋律を手渡し、最後に全員が同時に歌う瞬間は、音楽の物理的な空間体験として類を見ない。CDで聴いてもその迫力は伝わるが、教会の残響の中で実演を聴くと別の体験になる。

影響・派生で結ばれたジャンル

ジャンル関係図1220年代1310年代1420年代1500年代1620年代モテットモテットアルス・ノヴァアルス・ノヴァルネサンス・ミサ曲ルネサンス・ミサ曲受難曲受難曲カンタータカンタータ凡例派生影響同系統
凡例
派生影響同系統
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