アルス・ノヴァ
14世紀フランスで、フィリップ・ド・ヴィトリの理論書を旗印に展開した新しい多声音楽の潮流。
どんな音か
生まれた背景
フィリップ・ド・ヴィトリの理論書に象徴されるように、14世紀フランスでは記譜法とリズム理論が大きく変わった。旧来のアルス・アンティクァに対し、新しいリズム分割、イソリズム、世俗歌曲の洗練が進む。ギヨーム・ド・マショーは詩人であり作曲家でもあり、宮廷文化の中で音楽と言葉を結びつけた。
聴きどころ
声の数を追うより、上声の旋律と下声の動きの違いを聴くとよい。ゆっくりした響きの中に、実は細かなリズム構造が隠れている。マショーの「Ma fin est mon commencement」のような作品では、言葉遊びや逆行の発想も音楽に入っている。
発展
ヴィトリの「アルス・ノヴァ」(c.1320)と並んで、保守派ジャック・ド・リエージュは「シュペキュルム・ムジケ」で旧様式を擁護した。マショーは詩人作曲家として「ノートルダム・ミサ」(4声、c.1365)など多様なジャンルに革新をもたらし、音楽史上初めて単独作曲家による通作ミサ曲を残した。世紀末にはアルス・スプティリオールと呼ばれる極度に技巧的な様式が生まれ、リズムの複雑さが頂点に達した。
出来事
- 1320年頃: フィリップ・ド・ヴィトリ「アルス・ノヴァ」
- 1325年頃: ジャック・ド・リエージュ「シュペキュルム・ムジケ」、保守派の反論
- 1365年頃: マショー「ノートルダム・ミサ」
- 1400年頃: アルス・スプティリオール、リズム的複雑性の頂点
派生・影響
イタリアの「トレチェント様式」(ランディーニら)と相互に影響しあい、デュファイ世代の初期ルネサンス・ポリフォニーへ橋渡しされた。20世紀の新複雑性(ファーニホウ)はアルス・スプティリオールのリズム的精密性を遠い参照点とする。
音楽的特徴
楽器男声合唱、器楽
リズムイソリズム、二分割/三分割、シンコペーション
代表アーティスト
- フィリップ・ド・ヴィトリ
- ギヨーム・ド・マショー
代表曲
- Douce dame jolie — ギヨーム・ド・マショー (1350)
- Hoquetus David — ギヨーム・ド・マショー (1360)
- Cum statua Nabucodonosor — フィリップ・ド・ヴィトリ (1320)
- Ma fin est mon commencement — ギヨーム・ド・マショー (1360)
- Messe de Nostre Dame — ギヨーム・ド・マショー (1365)
日本との関係
日本では古楽、合唱、音楽史の領域で触れられる。一般的なクラシック名曲として聴かれる機会は少ないが、中世ヨーロッパ音楽を学ぶと必ず出会う重要な時代である。古楽アンサンブルの来日公演や録音で、静かながら精密な響きに触れられる。
初めて聴くなら
大きな作品としては「Messe de Nostre Dame — ギヨーム・ド・マショー (1365)」。歌曲の入口なら「Douce dame jolie — ギヨーム・ド・マショー (1350)」。構造の面白さを知るなら「Ma fin est mon commencement — ギヨーム・ド・マショー (1360)」がよい。
豆知識
アルス・ノヴァは新しい技法という意味で、当時の人にとっては前衛だった。いまは古楽として静かに聴かれがちだが、リズムを細かく制御する発想は、その後の西洋音楽の記譜文化を大きく進めた。
