アルス・アンティクア
13世紀フランスを中心に展開した、ノートルダム楽派以降〜アルス・ノヴァ以前の中世多声音楽の様式。
どんな音か
生まれた背景
聴きどころ
テノール(最低声部)がグレゴリオ聖歌の断片を非常にゆっくりと繰り返す様子を最初に追ってみる。次に上の声部が同じ速度ではなく、独立した速いリズムパターンで動いていることを確認する。二つの時間の流れが同時に存在している感覚——これがアルス・アンティクアのポリフォニーの核だ。「Pucelete – Je languis – Domino」のような三声モテットでは、それぞれの声部が別のテキストを歌っていることもあり、言葉の多層性も面白い。
発展
ペロタンの後を受けてフランコ・フォン・ケルンが計量記譜法を整備し(c.1280)、ペトルス・デ・クルケが拍節の細分化を進めた。世紀末にはモテットがますます技巧化・世俗化し、聖歌定旋律の上に俗語の恋愛詩が重ねられる傾向が強まった。理論面ではヨハネス・デ・グロケイオなどが音楽の社会的機能を論じた。
出来事
- 1230年頃: フランコ・フォン・ケルン「アルス・カントゥス・メンスラビリス」
- 1280年頃: モンペリエ写本、3声モテット集大成
- 1300年頃: ペトルス・デ・クルケ、半短音符の細分化
- 1320: フィリップ・ド・ヴィトリ「アルス・ノヴァ」、新旧の対比が顕在化
派生・影響
フィリップ・ド・ヴィトリらアルス・ノヴァ世代は、アルス・アンティクアの拍節を発展させて精密なリズム構造(イソリズム)に到達した。ポリテクスト・モテットの伝統はマショー、デュファイへ受け継がれ、ルネサンス・ポリフォニーの母体となった。
音楽的特徴
楽器男声合唱
リズムリズム・モード、ポリテクスト
代表アーティスト
- アダン・ド・ラ・アル
- フィリップ・ド・ヴィトリ
- ギヨーム・ド・マショー
代表曲
- Quant repaire la verdor (1270)
- Pucelete – Je languis – Domino (1280)
- Garrit gallus – In nova fert – Neuma — フィリップ・ド・ヴィトリ (1314)
- On parole de batre – A Paris – Frese nouvele (1280)
日本との関係
日本で直接聴かれる機会は少なく、主に西洋音楽史の授業や専門的な古楽の文脈で参照される。古楽(バロック以前の音楽)への関心が高まった2000年代以降、ガーディナーやレオンハルトの録音を入口として中世音楽に辿り着くリスナーが増えた。音大や音楽系大学院の授業では、西洋ポリフォニーの起点として必ず触れられる。
初めて聴くなら
フィリップ・ド・ヴィトリの「Garrit gallus – In nova fert – Neuma」(1314年頃)は三声モテットの構造がよく聴き取れる。各声部が別のテキストを歌っているのが確認できたら、それがどういう音楽的・神学的意図のもとに設計されたかを考えながら聴くと理解が深まる。「On parole de batre – A Paris – Frese nouvele」はテキストの内容が日常的な市場の声なので、宗教的な文脈と世俗的な文脈が交差する中世音楽の複雑さが感じ取れる。
豆知識
「アルス・アンティクア」の時代に活躍した音楽家の多くは名前が残っていない。ノートルダム楽派の「レオナン」「ペロタン」という名前は、後世の理論書に僅かに言及されているだけで、生没年も正確にはわかっていない。つまり今日演奏されているこの時代の音楽の相当数は、作曲者不明の「作品」として伝わっている。また、アダン・ド・ラ・アル(1240年頃〜1288年頃)は宗教音楽と世俗的な劇音楽の両方を書いており、彼の「ロバンとマリオンの劇」は最初期のフランス語世俗劇として演じ続けられている。
