古典

カンタータ

Cantata

イタリア / 南欧 · 1620〜1750年

独唱・合唱と器楽伴奏による、レチタティーヴォとアリアを連ねた声楽曲のジャンル。

どんな音か

カンタータは独唱、合唱、器楽が組み合わさった声楽曲で、一曲の中にレチタティーヴォ(朗唱)とアリア(旋律的な独唱)が交互に現れる。レチタティーヴォはオーケストラの和音に乗せて歌詞を語るように進み、ドラマの筋書きや感情を説明する。アリアはその感情を一つ取り上げて、旋律として展開する。バッハが一人で200曲以上書いた教会カンタータは、日曜礼拝(ライプツィヒの聖トーマス教会など)で演奏されるために書かれており、礼拝の朗読聖句に対応した内容を持つ。1曲あたり20〜30分の演奏時間を、毎週新作で供給した。

生まれた背景

カンタータの語源はイタリア語の「カンターレ(歌う)」で、17世紀前半のイタリアで器楽伴奏付き声楽曲の総称として使われ始めた。アレッサンドロ・スカルラッティが17世紀後半に数百曲のイタリアカンタータを書き、この形式を整備した。ドイツでは宗教改革以来のルター派教会音楽の伝統と結びつき、ブクステフーデを経てバッハが頂点に達した。「Christ lag in Todes Banden BWV 4」(1707年頃)はバッハ最初期のカンタータの一つで、「Wachet auf, ruft uns die Stimme BWV 140」(1731年)は「眠りたまえ」のコラール旋律が有名なバッハ後期の代表作だ。

聴きどころ

バッハの「Actus Tragicus BWV 106」(1707年頃)は「神の時こそ最善の時」とも呼ばれ、葬儀用に書かれた作品だ。冒頭のソナティナ(器楽前奏)でガンバとリコーダーが絡む静かな哀愁から聴き始めると、その後の合唱との対比がよくわかる。「Ich habe genug BWV 82」(1727年)はバス独唱のみのカンタータで、「もう十分だ」という諦念の中に深い平穏が漂う。レチタティーヴォとアリアの切れ目を意識しながら聴くと、形式の機能が理解しやすくなる。

発展

カリッシミ、A.スカルラッティらがイタリア独唱カンタータを完成させ、バッハがライプツィヒ時代(1723〜1750)に多数の教会カンタータを書いた。テレマンの大量のカンタータ集はドイツ各地の典礼に寄与した。古典派以降は世俗オラトリオ・カンタータに名前を残し、ロマン派ではメンデルスゾーンやブラームスが復活させた。

出来事

  • 1620年頃: カリッシミ世代の独唱カンタータ
  • 1707: バッハ「アクトゥス・トラギクス」 BWV106
  • 1723: バッハ、ライプツィヒ・トーマスカントル就任
  • 1735年頃: テレマン「Harmonischer Gottes-Dienst」全72曲

派生・影響

オペラ・アリア/レチタティーヴォ書法、オラトリオ、近代の合唱・管弦楽曲(ストラヴィンスキー「カンタータ」、ヒンデミット)まで広く影響を与えた。

音楽的特徴

楽器独唱、合唱、通奏低音、室内アンサンブル

リズムレチタティーヴォ+アリア+合唱の連結

代表アーティスト

  • ハインリヒ・シュッツドイツ · 1610年〜1672
  • ディートリヒ・ブクステフーデデンマーク/ドイツ · 1670年〜1707
  • アレッサンドロ・スカルラッティイタリア · 1680年〜1725
  • ヘンリー・パーセルイングランド · 1680年〜1695
  • ゲオルク・フィリップ・テレマンドイツ · 1700年〜1767
  • ヨハン・ゼバスティアン・バッハドイツ · 1703年〜1750

代表曲

  • Actus Tragicus BWV 106ヨハン・ゼバスティアン・バッハ (1707)
  • Christ lag in Todes Banden BWV 4ヨハン・ゼバスティアン・バッハ (1707)
  • Ich habe genug BWV 82ヨハン・ゼバスティアン・バッハ (1727)
  • Wachet auf, ruft uns die Stimme BWV 140ヨハン・ゼバスティアン・バッハ (1731)

日本との関係

バッハのカンタータ日本でも演奏されており、鈴木雅明率いる「バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)」は全曲録音プロジェクトを完成させた世界でも稀なアンサンブルだ。BCJの録音はドイツオランダのBISレーベルから国際発売され、海外の批評家からも高い評価を受けた。教会音楽として生まれたカンタータ日本の仏教的・非キリスト教的な文化の中でどう受け取られるかは、常に興味深い問題として音楽家たちが語ってきた。

初めて聴くなら

バッハの「Wachet auf, ruft uns die Stimme BWV 140」(1731年)は「眠りたまえコラール」の旋律が有名で、バッハのカンタータの中でも最も親しみやすい入口の一つ。次に「Actus Tragicus BWV 106」を聴くと、若いバッハが死と宗教をどう音楽にしたかが伝わる。バス独唱の「Ich habe genug BWV 82」は夜に一人で聴くと、諦念と平静が同居する独特の感情が届く。

豆知識

バッハはライプツィヒの聖トーマス教会でカントル(音楽監督)として27年間勤めた(1723〜1750年)。この間、彼は毎週日曜礼拝のために新しいカンタータを書き続けることを求められていた。現存するカンタータは約200曲だが、バッハが実際に書いた総数は300曲を超えると推定されており、残りは散逸した。また、「G線上のアリア」として知られる旋律はカンタータではなく管弦楽組曲(BWV 1068)の一部だが、バッハの名前を最初に広めた有名な旋律として今も多くのコンサートで演奏される。

影響・派生で結ばれたジャンル

ジャンル関係図1220年代1530年代1620年代カンタータカンタータモテットモテットマドリガーレマドリガーレオラトリオオラトリオ凡例派生影響同系統
凡例
派生影響同系統
カンタータを中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

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