カンタータ
独唱・合唱と器楽伴奏による、レチタティーヴォとアリアを連ねた声楽曲のジャンル。
まずはここから
ひとことで言うと独唱・合唱と器楽伴奏による、レチタティーヴォとアリアを連ねた声楽曲のジャンル。
まずはこの曲からヨハン・ゼバスティアン・バッハ — Actus Tragicus BWV 106 ▶ YouTube
代表的な人ハインリヒ・シュッツ
どんな音か
聴きどころ
バッハの「Actus Tragicus BWV 106」(1707年頃)は「神の時こそ最善の時」とも呼ばれ、葬儀用に書かれた作品だ。冒頭のソナティナ(器楽前奏)でガンバとリコーダーが絡む静かな哀愁から聴き始めると、その後の合唱との対比がよくわかる。「Ich habe genug BWV 82」(1727年)はバス独唱のみのカンタータで、「もう十分だ」という諦念の中に深い平穏が漂う。レチタティーヴォとアリアの切れ目を意識しながら聴くと、形式の機能が理解しやすくなる。
初めて聴くなら
バッハの「Wachet auf, ruft uns die Stimme BWV 140」(1731年)は「眠りたまえコラール」の旋律が有名で、バッハのカンタータの中でも最も親しみやすい入口の一つ。次に「Actus Tragicus BWV 106」を聴くと、若いバッハが死と宗教をどう音楽にしたかが伝わる。バス独唱の「Ich habe genug BWV 82」は夜に一人で聴くと、諦念と平静が同居する独特の感情が届く。
代表アーティスト
- ハインリヒ・シュッツ
- ディートリヒ・ブクステフーデ
- アレッサンドロ・スカルラッティ
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- ヘンリー・パーセル
- ゲオルク・フィリップ・テレマン
- ヨハン・ゼバスティアン・バッハ
代表曲
- ヨハン・ゼバスティアン・バッハ — Actus Tragicus BWV 106 (1707)
- ヨハン・ゼバスティアン・バッハ — Ich habe genug BWV 82 (1727)
- ヨハン・ゼバスティアン・バッハ — Christ lag in Todes Banden BWV 4 (1707)
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- ヨハン・ゼバスティアン・バッハ — Wachet auf, ruft uns die Stimme BWV 140 (1731)
生まれた背景
音楽的特徴の詳細
楽器独唱、合唱、通奏低音、室内アンサンブル
リズムレチタティーヴォ+アリア+合唱の連結
発展
カリッシミ、A.スカルラッティらがイタリア独唱カンタータを完成させ、バッハがライプツィヒ時代(1723〜1750)に多数の教会カンタータを書いた。テレマンの大量のカンタータ集はドイツ各地の典礼に寄与した。古典派以降は世俗オラトリオ・カンタータに名前を残し、ロマン派ではメンデルスゾーンやブラームスが復活させた。
出来事
- 1620年頃: カリッシミ世代の独唱カンタータ
- 1707: バッハ「アクトゥス・トラギクス」 BWV106
- 1723: バッハ、ライプツィヒ・トーマスカントル就任
- 1735年頃: テレマン「Harmonischer Gottes-Dienst」全72曲
派生・影響
オペラ・アリア/レチタティーヴォ書法、オラトリオ、近代の合唱・管弦楽曲(ストラヴィンスキー「カンタータ」、ヒンデミット)まで広く影響を与えた。
日本との関係
豆知識
バッハはライプツィヒの聖トーマス教会でカントル(音楽監督)として27年間勤めた(1723〜1750年)。この間、彼は毎週日曜礼拝のために新しいカンタータを書き続けることを求められていた。
影響・派生で結ばれたジャンル
系譜図を見る
感触が近い系譜も地域も違うのに、聴くと通じるジャンル
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