現代パンジャービ・ポップ
2015年以降の Punjab 州とカナダ / UK ディアスポラで確立した trap+ tumbi ループの現代パンジャービ・ポップ。故 Sidhu Moose Wala が起点、AP Dhillon・Diljit Dosanjh・Karan Aujla・Shubh が現世代の顔。
どんな音か
現代パンジャービ・ポップの音は、伝統的な bhangra を知っている耳には最初「同じ土地から出た別の音楽」と感じられる。それは正しい。bhangra が dhol(大太鼓)のダブルビートと algoze(二本笛)の明るい主題で祝祭のダンスを鳴らすのに対し、現代パンジャービ・ポップは 808 sub-bass と trap の triplet hi-hat を土台に据え、そこに tumbi(単絃楽器)の断片的なループと、Gurmukhi 文字のパンジャービ語の低く落ち着いた語り声を乗せる。Sidhu Moose Wala《So High》(2017)を聴くと分かるように、旋律は bhangra 風の明るいメジャー・スケールから離れ、時に短調・時に modal な祈祷風の音階を採用する。歌詞のテーマは Punjab 農村文化、Sikh のアイデンティティ、家族の名誉、そしてカナダ・UK ディアスポラの外部者感覚 —— 「Punjab は郷里だが、私はここ(Brampton、Vancouver、Southall)に生きている」という感覚。この二重性が現代パンジャービ・ポップの中心的な情動的緊張となっている。
生まれた背景
決定的な起点は2016-17年、Sidhu Moose Wala(本名 Shubhdeep Singh Sidhu、1993-2022、Punjab 州 Moosa 村生、Ludhiana とバーミンガム二拠点で育つ)がシングル《So High》(2017)で登場したことだ。彼は Punjab 農村文化と Kanadian trap を接続する低い語り声で、シク族のギャング・ライフを直截に語り、パンジャービ・ラップの完全な世代交代を告げた。同時期にカナダ側では AP Dhillon(1993-、Brampton 拠点)、Karan Aujla(1997-、Vancouver 拠点)が独立に登場、Diljit Dosanjh(1984-、Ludhiana 出身の ボリウッド音楽 俳優兼歌手)がクロスオーバー役を担った。決定打は Sidhu Moose Wala《295》(2021)で、これはインド最高裁の刑事条項を主題にしつつパンジャーブ文化の内側から抵抗を歌った作品として、Punjab を超えて世界のディアスポラに届いた。2022年5月29日、彼はパンジャーブ州 Mansa 郡の路上で銃撃され死亡(28歳)、これは現代パンジャービ・ポップ全体の空気を変える事件となった。以降の一年、遺作《Moosetape》と死後発表曲《SYL》が彼を伝説化した。
聴きどころ
第一に、tumbi ループの断片使用。伝統的な bhangra では tumbi は連続的な主題楽器だが、現代パンジャービ・ポップでは 4-8 小節の短いループとして sample 化され、808 の上に重ねられる。この扱いは技術的にアメリカ合衆国 trap での violin sample や flute sample の使い方と同じ。第二に、Sidhu Moose Wala の低い語り声。彼の発声は Punjabi 民謡の qawwal 系の伸ばし(sur)ではなく、意図的に息を抑えた囁き系の低音で、これが Karan Aujla、Shubh、AP Dhillon まで受け継がれた。第三に、Gurmukhi 語の音節構造との噛み合わせ。パンジャービ語は音節末の子音が重要な言語で、triplet hi-hat の間に「-h」「-r」「-n」の子音が明確に立つ。第四に、地名・氏族名の頻出。Punjab 州の郡名(Mansa、Sangrur、Ludhiana、Bathinda)、Sikh の gotra(家系名)、そして北米の移民街(Brampton、Surrey、Southall)が歌詞に頻繁に現れる。第五に、ボリウッド音楽 との交差 —— Diljit Dosanjh のようなクロスオーバー・アーティストを経由して、ボリウッド音楽 映画のヒンディー語ポップ音楽との相互流通がある。
発展
2019-22年、AP Dhillon《Brown Munde》(2020)が Spotify Global で5億再生を突破、Karan Aujla《Chithiyaan》(2022)がインド国内チャート1位、Diljit Dosanjh《G.O.A.T.》(2020)が Bollywood と Punjab を橋渡しした。2022年5月29日、Sidhu Moose Wala がパンジャーブ州 Mansa の路上で銃撃され死亡(28歳)、これは現代パンジャービ・ポップ全体の空気を変える事件となった。以降の一年、彼の遺作《Moosetape》(2021)と死後発表曲《SYL》(2022、YouTube 24時間 3600万再生でインド最高記録)が彼を伝説化した。2023年以降、Shubh(1998-、Vancouver 拠点)《One Love》(2022)、Diljit Dosanjh《Coachella》(2023、Coachella 出演で世界的認知拡張)、AP Dhillon《The Brownprint》(2024)が引き続きグローバル・ポップの当事者となっている。
出来事
- 2017: Sidhu Moose Wala《So High》
- 2019: Sidhu Moose Wala《Same Beef》
- 2020: AP Dhillon《Brown Munde》Spotify 5億
- 2021: Sidhu Moose Wala《295》
- 2022: Karan Aujla《Chithiyaan》
- 2022/05: Sidhu Moose Wala 銃撃死(28歳)
- 2022: Shubh《One Love》
- 2023: Diljit Dosanjh Coachella 出演
- 2024: Karan Aujla《Tauba Tauba》(Bollywood『Bad Newz』)
派生・影響
bhangra(modernized_from、伝統 Punjabi 民謡の trap 化)、punjabi-pop(sibling、時代を超えた umbrella)、trap(regional_variant)、hip-hop の南アジア支流、Bollywood のクロスオーバー先。
音楽的特徴
楽器808 sub-bass、トラップ・ドラムキット、tumbi(伝統単絃)、algoze(二本笛)、dhol(断片使用)、ハーモニウム、AutoTune、シンセパッド
リズム70-120 BPM、trap 系 half-time パターンを土台に、時に bhangra の8拍ドール・パターンを断片挿入、triplet hi-hat と長い音節末尾の伸ばし
代表アーティスト
- Diljit Dosanjh
- Shubh
代表曲
295 — Sidhu Moose Wala (2021)
Same Beef — Sidhu Moose Wala (2019)
その後の代表曲
Born to Shine — Diljit Dosanjh (2020)
Excuses — AP Dhillon (2020)
G.O.A.T. — Diljit Dosanjh (2020)
Cheques — Shubh (2022)
Chithiyaan — Karan Aujla (2022)
One Love — Shubh (2022)
SYL — Sidhu Moose Wala (2022)
日本との関係
日本国内のパンジャービ系コミュニティは、南インド系(タミル、テルグ)や北インド系(ヒンディー、グジャラート)と比べると規模が小さく、東京・埼玉・愛知・大阪に数千人規模のシク族コミュニティが存在する。そのため現代パンジャービ・ポップは、日本ではまず YouTube と Spotify を通じたインターネット越しの音楽として消費されている。2020年代前半、AP Dhillon《Brown Munde》(2020)は日本の南アジア研究者やニャック・ハイゴアイシーンの関心を集めるコンテンツとなり、Diljit Dosanjh は2023年 Coachella 出演以降、日本のアジア系ポップ・カルチャー系メディアが取り上げる対象となった。ボリウッド音楽 系の日本上映(《ダンガル》《RRR》等)を通じて、日本のリスナーはヒンディー語系ボリウッド音楽には馴染みがあるが、Gurmukhi 語の現代パンジャービ・ポップは相対的にまだニッチな聴取範囲にとどまっている。Sidhu Moose Wala の暗殺は日本のインドウォッチャー・南アジア研究者にとって Punjab 情勢を認識させる事件となり、この事件を機に現代パンジャービ・ポップへの関心が広がった側面がある。
初めて聴くなら
まず Sidhu Moose Wala《So High》(2017)から。彼のブレイクスルー曲で、現代パンジャービ・ポップの音の起点。次に《Same Beef》(2019)で Bohemia とのコラボを通じて南アジア系ラップの系譜を体感し、《295》(2021)で彼の頂点作を聴く。それから AP Dhillon《Brown Munde》(2020)と《Excuses》(2020)でカナダ・ディアスポラ側、Karan Aujla《Chithiyaan》(2022)で Vancouver 発の trap 系、Diljit Dosanjh《G.O.A.T.》(2020)と《Born to Shine》(2020)で ボリウッド音楽 クロスオーバー側、そして Shubh《One Love》(2022)と《Cheques》(2022)でカナダ・ミニマル trap の新世代を並べて聴くと、5つの主要様式が並列で見える。深く入るなら Sidhu Moose Wala 遺作《Moosetape》(2021)と死後発表《SYL》(2022)まで。
豆知識
Sidhu Moose Wala の名前「Moose Wala」は彼の出身地 Moosa 村に由来する。Punjabi 語で「◯◯ Wala」は「◯◯の人・◯◯出身の人」を意味する接尾語で、彼はデビュー時に父の姓 Sidhu と出身村名 Moose を組み合わせてアーティスト名とした。彼の楽曲《295》のタイトルは、インド刑法の「宗教感情の侮辱に関する第295条」を指し、Sikh コミュニティが度々この条項の対象とされてきた歴史を歌の主題としている。もう一つ:Diljit Dosanjh は ボリウッド音楽 俳優として20本以上の映画に出演しているが、2023年4月の Coachella 出演でパンジャービ語歌手として史上初めてこのフェスに立った時、彼はステージ上で全曲を Gurmukhi 語で歌い、英語での MC も最小限に留めた。この判断は「移民二世が英語に切り替えることなく母語のまま世界に届く」という新しい南アジア・ディアスポラ音楽の在り方を象徴する出来事として、Punjabi ディアスポラ社会で広く議論された。
同じ時期・同じ地域で生まれた他のジャンル
- ポップパンジャーブ・ポップ
- エレクトロニックゴア・トランス
