ロワーケース
21世紀初頭、極小音量・極小ジェスチャを志向する電子音響音楽。
どんな音か
ロワーケースは音量そのものを最小化する。スピーカーから聴こえるかどうかの境界ぎりぎりの音量で、ほぼ沈黙に近い音場の中にほんのわずかなノイズや電子音が点滅する。Richard Chartierの作品では、空調の振動音と区別できないような静かな持続音が数分続き、突然消える。その「消えた」という事実が逆に聴衆を覚醒させる。Steve Roden(スティーヴ・ローデン)の「Forms of Paper」(2002)では、紙を折る、こする、落とすという日常的な動作の音が増幅・処理されて、聴き慣れない質感の音響になる。この音楽には意図的に「何もない」時間が含まれており、その沈黙は省略ではなく構成要素。
生まれた背景
1990年代後半から2000年代初頭、ワシントンD.C.やベルリンのエクスペリメンタル・シーンでRichard Chartierらが展開した。エレクトロアコースティック音楽やマイクロサウンド(Kim Cascone、Oval などが開拓した超精細な電子音響)の流れを受け継ぎながら、音量という次元を独立した美的要素として扱った点で新しかった。Chartierは2000年にレーベル「LINE」を設立し、このスタイルの音楽を継続的にリリースした。
聴きどころ
ヘッドフォンを使い、部屋を暗くして聴くことを強く勧める。最初の数分間は「何も鳴っていないのではないか」と疑うかもしれない。そのとき自分の耳が環境音に敏感になっていることに気づくと、ロワーケースが目指していることが体感として分かる。Richard Chartier「Series」(2000)では、音が現れる瞬間と消える瞬間を予測しようとして外れ続けることが、この音楽との付き合い方の一つ。
発展
Lineレーベル(Richard Chartier主宰)が中心。サウンドアート/ギャラリー文脈とも結合した。
出来事
- 2000: Roden『Forms of Paper』(委託作品) / 2001: Lineレーベル設立
派生・影響
Microsound、Onkyokei、Reductionism。
音楽的特徴
楽器極小音量プロセッシング、フィールドレコーディング
リズム極小音量、長尺、空間志向
代表アーティスト
- Richard Chartier
代表曲
- Series — Richard Chartier (2000)
- Of Surfaces — Richard Chartier (2002)
- Set or Performance — Richard Chartier (2003)
Forms of Paper — スティーヴ・ローデン (2002)
Postfacto — Richard Chartier (2006)
日本との関係
初めて聴くなら
Richard Chartier「Series」(2000)を、できる限り静かな部屋でヘッドフォンで聴く。ボリュームは普段より少し上げること——それでも音は小さい。最初の5分で眠くなるか、逆に聴覚が研ぎ澄まされるか、どちらかの反応が出るはず。それ自体がこの音楽との出会いになる。
豆知識
「lowercase」という名前は大文字を使わない文字表記スタイルから来ており、「目立たない、小さい存在」というコンセプトを名前そのもので体現している。Richard Chartierは建築・グラフィックデザインのバックグラウンドを持ち、CDのジャケットデザインも極限まで余白を使ったミニマルなものにしている。CDを再生しても本当に音が出ているか確認したくなる、という体験報告が愛好者の間でよく語られる。
