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伝統・民族

カセコ

Kaseko

パラマリボ / スリナム / 南アメリカ · 1930年〜

別名: Kasekó / Suriname dance music

1930年代スリナムで、Winti儀礼のリズムと西洋ブラスバンドが融合したダンス歌謡。

どんな音か

カセコは、南米北岸の旧オランダ植民地スリナムで1930年代に成立した、Afro-Surinameseのダンス歌謡だ。土台はwinti(Afro-Surinamese憑依儀礼)由来のポリリズムと、西洋のブラスバンド(サックス、トランペット、トロンボーン)+ドラム編成の融合で、スカカリプソに近い明るい2/4のダンス・グルーヴを持つ。歌詞はスラナン語(Sranan Tongo、スリナムの主要クレオール語)、時にオランダ語で、テンポは120-160BPM。旧英植民地カリブ(トリニダード、ジャマイカ)のカリプソ/スカと形式的に近縁だが、winti由来のリズムの層と、スラナン語という独自の言語で明確に区別される。1975年独立後のオランダ移民に乗ってアムステルダム南東部Bijlmermeer地区にシーンが移植された。

生まれた背景

スリナムでは1863年の奴隷解放以降もAfro-Surinamese(パラマリボ都市部のCreole)がwintiの儀礼と歌を維持し続けたが、Dutch植民地当局によるwinti禁令(1874-1971)下では公の場での儀礼演奏は不可能だった。この抑圧下で、winti儀礼のリズムを西洋ブラスバンドの外形に「化粧」させて公の場に持ち出す戦略が取られ、1930年代のパラマリボで初期カセコが生まれた。Lieve Hugo(1934-1975、本名Julius Theodoor Uiterloo)は「カセコの王」と呼ばれ、彼の1960-70年代のパラマリボでの録音がジャンルの型を確定させた。彼はちょうどスリナム独立の1975年に死去し、以降独立後のスリナム音楽史の始祖として位置付けられる。

聴きどころ

まずブラスバンドのホーン・リフに耳を澄ませてほしい。カセコのホーン・パートは西洋マーチのマーチング・ホーンをそのまま持ってきたのではなく、winti太鼓の3-2感覚を模倣したシンコペーションが常に効かされている。次にドラムセット(スネア、バスドラ、シンバル)の刻みで、これがカリブのスカ/カリプソに一見似ているが、実はwinti儀礼のapinti太鼓の複合拍子を平地化した結果であることに気付くと、ジャンルの層構造が見える。Lieve Hugo『Bigi Poku』(1969)はこの構造が最も明瞭に聴ける代表曲。Trafassi『Wasmasjien』(1988)は、電化世代のカセコオランダ・ポップ・チャートに届いた歴史的瞬間を捉えている。

発展

1975年のスリナム独立後、旧宗主国オランダへの大量移民(現在オランダに約35万人のスリナム系)により、アムステルダム、ロッテルダム、デン・ハーグにカセコ・シーンが移植された。1980年代のTrafassiは『Wasmasjien』(1988)などのヒットでオランダ・ポップ・シーンにカセコを届け、Rickard Emanuelson、Sranan Djowlaらが90年代のシーンを支えた。2010年代以降、Kenny B(Kenny Bala)がスラナン語ポップの中心スターとしてカセコの現代形を作っている。UNESCOはカセコ自体を無形文化遺産登録していないが、winti-musicとセットで大西洋アフロ音楽地図の欠かせない一角を成す。

出来事

  • 1930s: パラマリボで成立
  • 1960s: Lieve Hugo「カセコの王」時代
  • 1975: スリナム独立、オランダへ大量移民
  • 1988: Trafassi『Wasmasjien』
  • 2010s: Kenny Bのスラナン・ポップ

派生・影響

winti-musicの直系子孫、カリブのcalypsoとska、そしてハイチのkompaと兄弟関係。オランダ現地のFutu Poku、Ras Wattoといったヒップホップ世代へ楽器編成と言語(スラナン)が継承された。

音楽的特徴

楽器サックス、トランペット、トロンボーン、スネア、バスドラ、シンバル、時にコンガ、時にエレクトリック・ギター/ベース、リード歌手+集団合唱

リズム2/4(120-160BPM)、winti由来の3-2感覚、西洋ブラスバンドのマーチ・グルーヴと重ね合わせ、シンコペーションを効かせたホーン・リフ

代表アーティスト

  • Lieve Hugoスリナム · 1955年〜1975
  • Naksスリナム · 1960年〜
  • Ronald Snijdersスリナム / オランダ · 1975年〜
  • Trafassiスリナム / オランダ · 1980年〜
  • Ricardo Emanuelsonスリナム · 1985年〜
  • Sranan Djowlaスリナム · 1988年〜
  • Kenny Bスリナム / オランダ · 2005年〜

代表曲

その後の代表曲

日本との関係

日本での認知はほぼゼロだ。スリナムそのものが日本人にとってはほぼ未知の国で、カセコの音源も日本では流通していない。日本オランダ音楽への関心はエレクトロニカ、DJカルチャー、あるいはアムステルダムのハウス・シーンが中心で、Bijlmermeer地区のSurinamese-Dutchコミュニティ経由のカセコは事実上盲点になっている。国連総会でスラナン語での演説が話題になった2018年頃から、スリナムへの一般的な認知は少し広がったが、音楽的にはまだ空白地帯だ。

初めて聴くなら

最初はLieve Hugo『Bigi Poku』(1969)、カセコの型を確定させた代表曲。ホーン・リフとドラムの層構造が明快に聴き取れる。次にTrafassi『Wasmasjien』(1988)、電化世代のカセコオランダ・ポップ・チャート入りした歴史的な一曲。Kenny B『Parijs』(2015)は現代のスラナン語ポップの中でカセコの語彙がどう継承されているかを示す。Naks名義のパラマリボでの70-80年代ライヴ録音は、カセコとwinti音楽の中間で活動した貴重な音源としてアーカイヴ的な価値がある。

豆知識

カセコ」の語源は諸説あり、フランス語casser le corps(体を壊す=激しく踊る)由来説、スラナン語kaseki(強く)由来説などがある。パラマリボのカセコ・バンドは伝統的にkaset koro(週末の巡回演奏)の形式で活動し、街頭パレードとダンスホールの両方を一晩で回った。オランダのSurinamese-Dutchコミュニティは現在約35万人で、これはスリナム本国の人口(約60万)の半分以上に相当する。この巨大なディアスポラがカセコの現在の主要市場を形成している。スリナム国内では毎年12月31日のOwru Yari(年越し)にカセコ・パレードが街を練り歩く伝統が続いている。

影響・派生で結ばれたジャンル

ジャンル関係図1670年代1840年代1930年代1950年代カセコカセコウィンティ音楽ウィンティ音楽カリプソカリプソコンパコンパ凡例派生影響同系統
凡例
派生影響同系統
カセコを中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

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