創作国楽
1960年代以降の韓国で、伽倻琴・거문고・대금のための現代作曲。황병기《침향무》(1974)が原点、정재일が現在の伝達者。
どんな音か
創作国楽の音を最初に耳にすると、多くの人が「これは映画音楽?」と感じるだろう。それは間違っていない。황병기《침향무》(1974、伽倻琴独奏)を聴くと、伝統の伽倻琴の指法(농현のヴィブラート、뜯음のプル弾き)が保たれているのに、旋律線が現代の映画スコアのように長く抽象的に描かれる。정재일による『기생충』(2019)のスコアは、この延長線上にある。편성は独奏から、伽倻琴・거문고・대금・해금・장구の五重奏、そして国立国악관현악団(1995創設)の50人編成まで幅が広い。장단(伝統リズム周期)を土台にしつつ、変拍子や自由書式が上乗せされる。西洋機能和声の使い方は日本の現代邦楽より柔らかく、五音音階から二度・四度のクラスターへ滑らかに移行する書法が好まれる。
生まれた背景
起点は1962年、황병기(1936-2018、ソウル大学法学部出身の伽倻琴奏者)が独奏曲《숲(森)》を書いたことだ。彼は法律家として出発しつつ独学で伽倻琴と作曲を学び、「伝統音階を保ったまま現代西洋音楽の構成感を持ち込む」という方針を貫いた。決定打は1974年発表の《침향무(沈香舞)》で、仏教の沈香が焚かれる時の煙の舞を主題に、伽倻琴独奏でありながら映画的な時間感を持つ楽曲を作り、これが「創作国楽」というジャンル呼称を大衆化した。1965年ソウル大学に国악科が創設され、1995年に国立劇場付属の国立国악관현악団が結成されて以降、創作国楽は制度的にも定着した。2010年代、정재일の『기생충』『오징어 게임』のOSTがこの音を世界の耳に届けた。
聴きどころ
発展
1985年 황병기《밤의 소리(夜の音)》はテープと伽倻琴のための作品で、電子音との協働へ扉を開いた。김수철(Kim Suk-cheol、1957-)は록/포크歌手として出発したが、1990年『서편제』(임권택監督) 主題音楽で창작국악と映画音楽の交差を確立、以降《팔만대장경》(1998)などのプロジェクトを手がけている。현대の기수は정재일(Jung Jae-il、1982-)で、봉준호監督『기생충』(2019 Palme d'Or・Oscar)、『오징어 게임』(2021 Netflix) のスコアで伝統国악旋律を国際コンテンツに埋め込み、창작국악を世界に届けた。김덕수(1957-)率いる사물놀이系のリズム的血脈も창작국악に流入している。
出来事
- 1962: 황병기《숲》
- 1974: 황병기《침향무》
- 1985: 황병기《밤의 소리》
- 1990: 김수철『서편제』音楽
- 1995: 국립국악관현악단 창설
- 2019: 정재일『기생충』OST
- 2021: 정재일『오징어 게임』OST
派生・影響
산조 (sanjo) / 판소리 (pansori) / 사물놀이 (samul-nori) から近代化、현대邦楽 (gendai-hogaku) / 中国民族管弦楽と兄弟関係、映画音楽と接続。
音楽的特徴
楽器가야금(12/17/21/25絃)、거문고、대금、해금、피리、장구、時に西洋管弦楽
リズム장단(チャンダン)由来の周期リズムを土台に、変拍子・自由書式・多層拍節を混在させる
代表アーティスト
- 박범훈 (Park Beomhoon)
- 김수철 (Kim Suk-cheol)
- 김경희 (Kim Kyoung-hee)
- 원일 (Won-il)
- 国立国楽管弦楽団 (National Orchestra of Korea)
- 정재일 (Jung Jae-il)
代表曲
- 숲 (Forest) — 黄秉冀 (1962)
침향무 (Chimhyangmu / 沈香舞) — 黄秉冀 (1974)
밤의 소리 (Sound of the Night) — 黄秉冀 (1985)
사물놀이를 위한 협주곡 (Concerto for Samul Nori) — 박범훈 (Park Beomhoon) (1988)
서편제 (Sopyonje) Original Score — 김수철 (Kim Suk-cheol) (1993)
팔만대장경 (Palman Daejanggyeong) — 김수철 (Kim Suk-cheol) (1998)
その後の代表曲
신모듬 (Sin Modeum) — 원일 (Won-il) (2005)
Parasite (기생충) Original Score — 정재일 (Jung Jae-il) (2019)
Squid Game (오징어 게임) Main Theme — 정재일 (Jung Jae-il) (2021)
日本との関係
創作国楽は、韓国の音楽近代化の運動として日本の新日本音楽・現代邦楽と本質的に同じ現象だ。1920-30年代に日本(宮城道雄)で起こり、1960年代に日本(三木稔・武満)で拡張された「伝統楽器の現代芸術音楽化」が、韓国で1960-70年代に황병기のもとで並行して起こった。当時の韓国音楽界の一部は日本の邦楽近代化を明示的に参照しており、宮城道雄の《春の海》は韓国国악界でも既知の作品だった。近年ではNHK交響楽団と国立国악관현악団の共同委嘱(2018『일본과 한국의 현대작곡가 시리즈』)、そして정재일作品の日本での積極的な演奏を通じて、両者の系譜的兄弟関係が改めて認識されつつある。日本のリスナーにとっては、創作国楽を通じて自国の現代邦楽を「隣国と並行する運動の一つ」として相対化して聴き直すことができる。
初めて聴くなら
まず황병기《침향무》(1974)から。彼自身の演奏による1978年 National Museum of Korea 録音が最良のスタンダード。次に정재일『기생충』(2019)のオリジナル・スコアを通じ、現代創作国楽がどこまで国際的な音になれたかを実感する。深く入るなら황병기 全集(EMI Korea 5枚組)、そして김수철『서편제』(1993)。国立国악관현악단の定期演奏会録音も定期的にリリースされる。
豆知識
同じ時期・同じ地域で生まれた他のジャンル
- 伝統・民族サムルノリ
