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伝統・民族

チャトニー(印カリブ)

Chutney (Indo-Caribbean)

トリニダード・トバゴ / ガイアナ / スリナム / カリブ / 大西洋 · 1958年〜

別名: Indo-Caribbean chutney / Chutney music / Trinidad chutney

トリニダード・ガイアナ・スリナムの印カリブ・ポップ。Sundar Popo が Bhojpuri とカリプソを結んだ。

どんな音か

音の中心は三つの層 — ハルモニウム(北インド系鍵盤楽器)がコード進行と旋律の主導、ドール(dholak、両面太鼓)が2/4または4/4の基本拍を刻む、そしてダンタール(dhantal、鉄棒2本で作る金属打楽器)が均等な高音の鐘のような拍を継続的に鳴らし続ける。1970年代以降はキーボード、エレキベース、ドラムキットが加わり、1980年代の chutney-soca ではソカのブラス・パンチと重低音キックが編成の主軸に移った。歌詞は Bhojpuri 語、混合 Hindustani、そして Trinidadian English Creole の三層で書かれ、婚礼と豊穣祭 Mati Kor(泥の祝祭、女性中心の年中行事)を主題にした形式的な性的からかいの歌謡が伝統的なコア。ヒンドゥー教バジャン(帰依歌)と北インド民謡のケヘルワー(4/4)拍節が旋律の骨格を成し、テンポは110-130BPMの中速からソカ融合形では160BPM近くまで速くなる。

生まれた背景

1834年の大英帝国奴隷制廃止でカリブの砂糖プランテーションは労働力を失い、1845年から英領トリニダードとガイアナが、1873年からオランダ領スリナムが北インド(主に Bhojpuri 語圏の Bihar、Uttar Pradesh 東部)から契約労働者を輸入した。1917年の契約労働制廃止までに約50万人が渡り、その子孫が現在のトリニダード人口の約35%、ガイアナ人口の約40%、スリナム人口の約27%を占める。彼らが持ち込んだ婚礼歌 chatnee(Bhojpuri で「刻んだ」「辛い」の意、婚礼で女性が男性抜きで歌う露骨な性的内容のからかい歌謡群)がプランテーションを離れた印カリブ・コミュニティの世俗歌謡として世代を超えて継承された。1958年 Ramdew Chaitoe(スリナム)『King of Suriname』が最初期の印カリブ・ポップ録音、1970年 Sundar Popo(トリニダード Debe 出身、本名 Sundarlal Popo Bahora)『Nana and Nani』(Moean Mohammed プロデュース)がカリプソ・リズム+ Bhojpuri 歌詞という融合形を確立、印カリブ人以外の聴衆にも届く形式が完成した。1987年 Drupatee Ramgoonai『Chatnee Soca』でチャトニーとソカを完全融合、当時保守的なヒンドゥー教徒コミュニティから激しい批判を受けたが後にジャンル化。1996年トリニダード政府が National Chutney Foundation を設立、以降 Chutney Soca Monarch が年例競演として制度化された。2020年代はカナダ・トロント、ニューヨーク Queens Richmond Hill のディアスポラ・コミュニティが主要市場。

聴きどころ

Sundar Popo『Nana and Nani』(1970)の冒頭のハルモニウムに注目 — 北インドバジャンで使う鍵盤楽器そのままの音色が、カリブのエレキ・ギターとカリプソ・ドラムと同じ音場で鳴る瞬間が、印カリブ音楽史の分水嶺を音に表す。次にダンタールの継続的な高音打(鉄棒同士を打ち合わせる均等な金属音)を追いかけると、これがジャンルの拍節基盤であることが理解できる。Drupatee Ramgoonai『Chatnee Soca』(1987)ではソカの重低音キックとホーン・パンチがチャトニーの旋律線と結合する瞬間 — トリニダード・カーニバル音楽の一部として印カリブ音楽が正式に承認された歴史的瞬間の音。Ravi B『Rum Is Meh Lover』(2019)以降の現代 chutney-soca は、Auto-Tune のかけ方や TikTok リール向けフックの位置が変化しており、伝統的な婚礼歌の集合的な語りから、個人の恋愛感情表現へと歌詞の主軸が移動している。

発展

1980年代、ヒンドゥー暦祭事 Phagwa と婚礼シーズンのライブ市場が拡大し、Rikki Jai、Anand Yankaran、Sonny Mann らがトリニダードの chutney competition で名を上げた。1987年 Drupatee Ramgoonai(トリニダード出身の女性シンガー)がカリプソ大御所 Lord Kitchener と共演した『Chatnee Soca』でチャトニーとソカの完全融合形「chutney-soca」を成立させた(当時保守的なヒンドゥー教徒コミュニティから激しい批判を受けたが、後にジャンル化)。1990-2000年代は Ravi B(Ravi Bissambhar)、Adesh Samaroo、KI Persad が世代交代、2020年代はカナダ・トロント/ニューヨーク Queens Richmond Hill のディアスポラ・コミュニティが主要市場に。ヒンドゥー教祭事のバイラルCD経済がインターネット時代の YouTube と TikTok に順応した。

出来事

  • 1958: Ramdew Chaitoe『King of Suriname』(初期印カリブ・ポップ録音)
  • 1970: Sundar Popo『Nana and Nani』(カリプソ+Bhojpuri 融合の決定版)
  • 1987: Drupatee Ramgoonai『Chatnee Soca』で chutney-soca 成立
  • 1996: Trinidad で National Chutney Foundation 設立
  • 2015: Ravi B が Chutney Soca Monarch 優勝、ディアスポラ世代の代表格化

派生・影響

Chutney-soca(1987-)、Bollywood-chutney フュージョン、Guyanese chutney-parang(スペイン語圏との交差)、Trinidad の pichakaaree(Phagwa 専用の政治風刺歌形式)。

音楽的特徴

楽器ハルモニウム、ドール(dholak)、ダンタール、キーボード、エレキベース、ボーカル、時にタッサ・ドラム

リズム北インド系ケヘルワー(4/4)を土台にソカの高速シンコペーションを組み合わせ、ダンタールの均等な金属打が拍を刻む

代表アーティスト

  • Ramdew Chaitoeスリナム · 1958年〜1994
  • Sundar Popoトリニダード・トバゴ · 1969年〜2000
  • Drupatee Ramgoonaiトリニダード・トバゴ · 1985年〜
  • Rikki Jaiトリニダード・トバゴ · 1988年〜
  • Adesh Samarooトリニダード・トバゴ · 2001年〜2015
  • Ravi Bトリニダード・トバゴ · 2005年〜

代表曲

その後の代表曲

日本との関係

日本におけるチャトニー(印カリブ)音楽の認知は極めて低く、実質的にほぼ存在しないと言ってよい。1990年代の日本インド音楽受容は主にクラシック(ラヴィ・シャンカール、ザキール・フセイン)とボリウッド映画音楽で、Bhojpuri 系民衆音楽そのものが日本ではほぼ知られていない上に、そのカリブ版であるチャトニーは民族音楽学者以外にはリーチしなかった。数少ない接点は、東京大学東洋文化研究所の1990-2000年代の年季奉公移民研究(森茂樹らのカリブ Indo-diaspora 研究)で、その一部として音楽的な言及がある程度。日本のカリブ音楽ファン層(タワーレコード渋谷店などのラテン/カリブ・コーナーの顧客)にも、レゲエソカと比べてチャトニーは圧倒的に流通が薄い。

初めて聴くなら

最初の一曲は Sundar Popo『Nana and Nani』(1970、3分)、印カリブ音楽史の起点となった融合形の完成度が最もクリアに聴ける曲。次に Drupatee Ramgoonai『Chatnee Soca』(1987)でチャトニーとソカの融合形、Rikki Jai『Sumintra』(1988)で1980年代のシーンの中軸、Ravi B『Rum Is Meh Lover』(2019)で現代のディアスポラ市場向け表現へ。アルバムとしては Sundar Popo『Sundar Popo』(1970、Windsor 盤)、そして Naya Zamana シリーズなどの各年 Chutney Soca Monarch 優勝曲コンピレーションを推す。書籍としては Peter Manuel『East インドn Music in the West Indies』(2000、Temple University Press)がジャンルの学術的入門書。

豆知識

chatnee/chutney の語は Bhojpuri と Hindi の「刻んだ」「辛い」を意味する形容詞に由来し、料理の chutney(スパイス調味料)と語源を共有するが、婚礼歌の名前としては料理より古い可能性がある(19世紀半ばのプランテーション時代の使用例あり)。Sundar Popo は音楽的訓練を受けていない砂糖プランテーション労働者出身で、独学でハルモニウムとボーカルを習得した — 彼の Bhojpuri 発音は北インド本土のそれとは既にトリニダード的な訛りを持ち、これがジャンルの言語的独自性の起点にもなった。Drupatee Ramgoonai の1987年『Chatnee Soca』はトリニダードのヒンドゥー教僧侶協会が公式に非難声明を出したが、彼女は「これは我々の音楽で、我々が発展させる権利がある」と反論、その後のジャンル制度化の思想的基盤となった。

影響・派生で結ばれたジャンル

ジャンル関係図1840年代1950年代1970年代チャトニー(印カリブ)チャトニー(印カリブ)カリプソカリプソバングラバングラソカソカ凡例派生影響同系統
凡例
派生影響同系統
チャトニー(印カリブ)を中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

チャトニー(印カリブ) の系譜全体図(多段)を見る