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2026年3月15日

シカゴ・ドリルが世界を変えた7年間

シカゴ南部の16歳がYouTubeに上げた1曲が、7年でロンドンとブルックリンへ広がった

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3行まとめ

  1. 2012年、Chief Keefの『I Don't Like』がYouTubeから飛び出し、シカゴ南部のローカルな不穏さを全国に聞かせた。
  2. Young Chopの冷たい808、少ない旋律、空白の多いビートは、トラップとは違う都市の緊張感を持っていた。
  3. その音はロンドンでUKドリルに変異し、Pop Smokeによってブルックリンへ戻り、わずか数年で世界のラップを書き換えた。

ヒップホップ・R&B

シカゴ南部の16歳

2012年3月、シカゴ南部のイングルウッド地区に住む16歳のラッパー、Chief Keef が1曲を録音し、YouTubeに上げた。曲名は『I Don't Like』。それまでの彼は、地元で再生数を稼ぐだけの無名のラッパーにすぎなかった。

全国区に押し上げたのはリミックスだった。同年5月、当時すでにシカゴ最大のスター、カニエ・ウェスト(同じシカゴ出身)がこの曲を気に入り、自分のスタジオでPusha TやJadakiss、Big Seanといった有名ラッパーを呼んでリミックスし、自身のレーベルG.O.O.D. Musicから世に出した(地元プロデューサーの反発もあったが、それは別の話だ)。大物のお墨付きを得た瞬間、ドリルは地元だけのものではなくなった。同年6月、Chief Keef はメジャー(Interscope)と契約する。まだ16歳の未成年で、契約には裁判所の承認が必要だった。

Young Chopの「冷たいビート」

サウンドそのものの話に入る前に、まず2010年前後のシカゴ南部の事情を一つだけ押さえておきたい。当時のシカゴ南部は、ギャングの抗争で全米トップクラスの殺人率を記録していた。10代が次々に銃で死ぬ街で、その同じ10代が自分のラップ動画を上げ始めた。

サウンドを作ったのは、当時18歳・独学のYoung Chop というプロデューサーだった。彼のビートには3つの特徴があった。低く長く伸びる重低音(ローランドのドラムマシン808が出す、腹に響く音)、トラップの本場アトランタ譲りの細かく刻むハイハット、そしてジョン・カーペンターのホラー映画を思わせる不気味なシンセの音色——。それまでの南部トラップとも、ニューヨークの暴力的なラップとも違う、ビートそのものが冷たい音だった。

これが、すべての発端となった1曲だ。聴けば、ヒップホップとしては奇妙なほど旋律が少なく、音と音のあいだに隙間が多い。この隙間の多さこそ、2012年の音だ。

ロンドンが受け取り、ブルックリンが奪う

2012年から数年のうちに、ドリルの音は大西洋を渡った。南ロンドン・ブリクストンのラッパーたち(67や150ら)が、シカゴのビートを下敷きにした。そこへ、地元で流行していたダンス音楽(UKガラージ)ならではの、ぐにゃりと滑る低音を加えた。シカゴのビートは拍を半分の速さで取る「ハーフタイム」のため重く遅く聞こえるが、彼らは聞こえるテンポを上げて疾走感を出した(およそ140BPM)。これが「UKドリル」、いわばブリクストン訛りのシカゴ方言だった。のちに北ロンドンのトッテナム出身のHeadie Oneらも加わり、ロンドン各地へ広がっていく。

そして2019年、UKドリルがニューヨークに逆輸入される。ブルックリン出身、当時19歳のPop Smoke が、UK のプロデューサー808Melo と組んで『Welcome to the Party』を発表した瞬間、ドリルは正式に「世界の言葉」になった。

この曲を鳴らせば、シカゴ・ドリルの2012年のビートと、UKドリル特有のうねるベースが、ニューヨークのラッパー特有の太く低い声で結びついているのが分かる。3つの場所が、一つの曲のなかに同居している。この曲が証明したのは、ドリルが「どこにでも注げる器」になったということだ。土地ごとの訛りと声が、残りを勝手に仕上げてくれる。

Pop Smokeのいない世界で

2019年の『Welcome to the Party』で「世界の器」が完成すると、その先は各地が勝手に走り出した。2020年2月、Pop Smoke はロサンゼルスのハリウッドヒルズで侵入強盗に襲われて死んだ。20歳だった。だが、ドリルはすでに彼ひとりのものではなくなっていた。フランスはパリ郊外のシーンが、移民2世のフランス語ラップと結びついて独自のドリルを生んだ。オーストラリアは西シドニーのOneFourが、ガーナはクマシ発の「アサカ」と呼ばれる現地版ドリルが、それぞれ自分たちのドリルを鳴らした。ブラジル日本も、それぞれ国内ドリルのシーンを育てた。世界中の都市が「自分たちのドリル」を持つようになっていた。

シカゴ南部の自室で録音された1曲が、わずか7年で世界の都市部のヒップホップを決定的に変えた。ヒップホップそのものが世界に広がるのに1980年代をまるごと費やしたことを思えば、この速さは音楽の歴史でも異例だ。そして速さこそがこの物語の主役だ。業界が彼を本気で売り出すと決めるより先に、YouTubeにいる一人の10代が、世界の都市の音楽を書き換えてしまう——もう、そういう時代だ。

作者のひとこと

Chief Keefの『I Don't Like』とPop Smokeの『Welcome to the Party』を続けて聴くと、シカゴの冷たさがロンドンを経由してニューヨークに戻る流れが短時間でつかめます。

この記事のサウンド

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