ヒップホップ・R&B
スイスドイツ語ラップ
Swiss-German Rap (Mundart)
スイス / 西欧 · 2005年〜
スイス・ドイツ語方言(Mundart)によるラップ。Loredana、EAZ、Nemo、Bibizaら。
どんな音か
スイス・ドイツ語方言(Mundart、シュヴィーツァードゥッチュ)で歌われるラップ。BPMは80〜140まで幅広く、Loredana、EAZ、Nemo、Bibizaらが中心。標準ドイツ語とは大きく異なる方言の硬質な子音(「ch」「ck」「ts」)と、隣国フランス語・イタリア語・ロマンシュ語の影響を受けたスイス特有の語彙が、ラップに独特の質感を与える。サウンドは独・仏・伊のトラップの中間で、東欧的哀愁と西欧的洗練が同居する。録音はクリアで、低域は深いが過剰ではなく、アルプスの空気のような透明感を保つ。
生まれた背景
スイス・ラップは1990年代の英語ラップ模倣期、2000年代のドイツ標準語期を経て、2010年代後半に方言(Mundart)期に入った。チューリッヒのBligg、ベルンのGrand Mom、バーゼルのGreis、ローザンヌのStress(フランス語圏)らが土台を作り、近年はEAZ(ベルン)、Loredana(コソボ系アルバニア人、本拠地はスイス)、Nemo(バイナリーでない、Eurovision 2024優勝)が世代を象徴する。スイスは独・仏・伊・ロマンシュの4言語国家で、ラップシーンも言語圏で分かれる珍しい構造。
聴きどころ
シュヴィーツァードゥッチュ(スイス・ドイツ語)の喉から擦る「ch」音にまず耳を傾けてほしい。「Chuchichäschtli(キッチン棚)」のような単語が連続すると、標準ドイツ語より明らかに「喉が鳴る」感触になる。EAZの楽曲では、その喉音がトラップのハイハットと混ざってリズムを担う。Loredanaはコソボ・アルバニア人の血を引くため、ドイツ語ラップに東欧的なメロディが入り、シュヴィーツァードゥッチュとアルバニア語が一行内で切り替わることもある。Nemoの『The Code』はオペラ・ラップ・ドラムンベースの融合という異形だが、これもスイス・シーンの一面だ。
代表アーティスト
- Mimiksスイス · 2014年〜
- Nemoスイス · 2017年〜
- EAZスイス · 2019年〜
日本との関係
日本でのスイス・ラップの認知は皆無に近い。スイス時計やチョコレートの輸入文化はあっても、音楽は届きづらい。例外は2024年のEurovision優勝Nemoで、彼/彼女のバイナリーでないアイデンティティとオペラ・ラップの異形性が話題になり、日本のクィア音楽コミュニティで紹介された。Loredanaは欧州全域のドイツ語ラップシーンの一員として、ドイツ・ラップ愛好家の周辺で発見されることもある。
初めて聴くなら
最初の一曲はEAZ『Stress』、シュヴィーツァードゥッチュのフロウとトラップのバランスが分かりやすい。次にLoredana『Sonnenbrille』、スイス系コソボ人ラッパーの代表作で、ドイツ語まじりの楽曲が特徴。Nemo『The Code』はEurovision 2024優勝曲で、スイス・シーンの幅の広さを示す異形の傑作。アルプスの冷たい空気を想像しながら、夜のドライブで聴くのが似合う。
豆知識
シュヴィーツァードゥッチュは標準ドイツ語と相互理解が困難なほど方言差が大きく、ドイツ国内のドイツ人には字幕が必要なほど。にもかかわらず、スイス国内ではテレビ・ラジオ・ラップで標準語よりMundartが好まれる。Nemoは2024年のEurovisionでスイスに2回目の優勝をもたらした(1回目は1988年のセリーヌ・ディオン)。Nemoはバイナリーではないと公表しており、ジェンダー二元論への異議申し立てを楽曲のテーマにしている。
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