マスカンダ
1930年代以降、南アフリカのズールー系鉱山労働者が持ち歩いたギター一本の自作自演歌謡。
まずはここから
ひとことで言うと1930年代以降、南アフリカのズールー系鉱山労働者が持ち歩いたギター一本の自作自演歌謡。
まずはこの曲からIhashi Elimhlophe — Ihashi Elimhlophe ▶ YouTube
代表的な人Shiyani Ngcobo
どんな音か
マスカンダはクワズールー・ナタール州のズールー系男性が発達させた、独奏アコースティック・ギター+リード歌唱の叙事詩的な歌謡だ。奏者は親指主体のukupika奏法でギターを鳴らし、その上に自らのizibongo(自己讃辞の口頭詩)を朗唱する。曲頭にはumshubelo(口笛の名刺フレーズ)を置いて聴き手に「これは私の歌だ」と知らせる。ギターは短い動機の循環反復で、詩が長く続く間ずっと同じフィギュアが繰り返される。テンポは中速4/4、歌はギターの拍を敢えて外して詩の脚韻に合わせるずれが最大の美学だ。1990年代以降、Ukhozi FM経由でカセットが全国に届き、2010年代以降はドラム&ベースを加えた電化編成でヨハネスブルクのタウンシップ音楽と接続している。
聴きどころ
まずumshubelo(曲頭の口笛)に耳を澄ませてほしい。多くのマスカンダ曲は10-20秒の口笛のイントロで始まり、奏者はここで自分の名前と地名を音で示す。次にギターの循環リフで、右手親指が低音の8分刻みを打ちながら、人差し指と中指が高音の飾りメロディをはめる典型的な奏法が聴き取れる。Shiyani Ngcobo『Introducing Shiyani Ngcobo』(2004)は伝統派の最良の入り口で、素朴なアコースティックの音質の中でこの奏法の全貌が聴き取れる。歌は詩の脚韻に合わせてギターの拍を敢えて外し、その「ずれ」が独特の推進力を生む。電化世代のIgcokama Elisha『Mnqobi Yazo』(2020)では、ドラム&ベースが加わってもこの拍の外し方が受け継がれているのが確認できる。
初めて聴くなら
最初はShiyani Ngcobo『Introducing Shiyani Ngcobo』(2004、World Music Network Riverboat)、伝統的なukupika奏法とizibongoの詩が素朴な音質で聴ける入門盤。次にBhekumuzi Luthuli『Emgodini』(2001)、1990-2000年代の電化マスカンダの代表作で、ドラムセットが加わったバンド編成でのマスカンダの姿が分かる。歴史的な視点からIhashi Elimhlophe名義の1980-90年代のカセット・ヒット群も外せない。若い世代の入り口としてはIgcokama Elisha(Mnqobi Yazo)の2020年前後のYouTube作品が、TikTok世代のマスカンダを最も明快に示している。
代表アーティスト
- Shiyani Ngcobo
- Ihashi Elimhlophe
- Bhekumuzi Luthuli
もっと見る(あと2件)
- Zamo Cele
- Igcokama Elisha (Mnqobi Yazo)
代表曲
- Ihashi Elimhlophe — Ihashi Elimhlophe (1988)
- Bhekumuzi Luthuli — Emgodini (2001)
- Shiyani Ngcobo — Umuntu (2007)
もっと見る(あと3件)
Shiyani Ngcobo — Introducing Shiyani Ngcobo (2004)- Ihashi Elimhlophe — Sesihamba Sodwa (2000)
- Bhekumuzi Luthuli — Ngihlanganise Nomndeni (2005)
生まれた背景
20世紀初頭のクワズールー・ナタール州で、ズールー系の若い男性が金鉱と製糖工場での労働のため農村からダーバン、ヨハネスブルクへ流出した。彼らは離郷の記憶と農村への郷愁を、輸入されたばかりのアコースティック・ギターに乗せる形でマスカンダの語彙を組み上げた。
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「マスカンダ」の語はアフリカーンス語musikant(音楽家)由来説が有力で、1930年代までにクワズールー州で職業歌手カテゴリとして定着した。1970年代以降はIhashi Elimhlopheが地方ラジオ放送でレパートリーを広げ、1990年代のPhuzekhemisi、2000年代のBhekumuzi Luthuliを経て全国的なポップ・カテゴリに拡大した。
音楽的特徴の詳細
楽器アコースティック・ギター(親指弾きukupika)、時にコンサーティーナ、バイオリン、リード・ボーカル+バッキング・コーラス、ドラム&ベース(1990s以降)
リズム中速4/4、ギター動機の循環反復、詩の音節に合わせた自由な歌のズレ、曲頭のumshubelo口笛
発展
1990年代のPhuzekhemisiのカセット・ヒット、Ukhozi FM(全国最大のズールー語放送局)での大量オンエア、2000年代のBhekumuzi Luthuliのアリーナ級ライヴ興行で、マスカンダはクワズールー地方の草の根様式から南ア全国のポップ・カテゴリへ拡大した。2010年代以降はZamo Cele、Igcokama Elisha(Mnqobi Yazoが率いる)らがドラム&ベースを加えた電化編成でマスカンダを現代化し、ヨハネスブルクのタウンシップ音楽シーンと接続している。
出来事
- 1930s: 鉱山宿舎で成立
- 1970s: Ihashi Elimhlopheのラジオ普及
- 1990s: Phuzekhemisiのカセット・ブーム
- 2000s: Bhekumuzi Luthuliのアリーナ興行
- 2015+: Zamo Cele / Igcokama Elishaの電化世代
派生・影響
ズールー男声合唱(mbube / isicathamiya)と兄弟関係。都市化した派生形mbaqangaへ楽器編成が流用された。
その後の代表曲
- Igcokama Elisha (Mnqobi Yazo) — Mnqobi Yazo (2020)
- Zamo Cele — Umbondo (2019)
日本との関係
日本での認知は極めて薄い。マスカンダそのものが日本語で言及される機会は民族音楽学者と一部のワールド・ミュージック評論家に限られ、Ihashi Elimhlopheら国民的スターの音源も日本では正規流通していない。輸入盤としては世界的なワールド・ミュージック・レーベル(Sterns、Rough Guides、World Music Network)経由で入る程度で、日本語のマスカンダ入門書は存在しない。日本でズールー音楽と言えばLadysmith Black Mambazoのイシカタミヤが圧倒的に強く、マスカンダはその陰に隠れている。これは南アフリカ国内のマスカンダの巨大な位置付けと日本での不在の落差として率直に述べておく価値がある。
豆知識
「マスカンダ」の語源はアフリカーンス語musikant(音楽家)由来説が現在最も広く支持されているが、ズールー語kuqamba(創作する)由来説も残る。奏者は伝統的にギターだけでなくバイオリン(ivayolini)やコンサーティーナ(mkhondo)も使ったが、1940年代以降のギターの普及で独奏形式が主流化した。
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