ケニア・レゲエ
1990年代末から現在まで、ナイロビを中心にラスタ運動、ダンスホール、スワヒリ語コンシャス・ラップが交差するケニアのレゲエ/ダンスホール・シーン。
どんな音か
ケニア・レゲエは、1990年代末から現在まで、ナイロビを中心にラスタファリ運動、ダンスホール、スワヒリ語コンシャス・ラップが交差するケニアのレゲエ/ダンスホール・シーンだ。ジャマイカのルーツ・レゲエとダンスホールをそのまま輸入する形で1990年代末に始まり、Necessary Noize(Wyre と Nazizi の男女デュオ、1998結成)によってスワヒリ語のリリックを乗せる独自形式に置き換わった。テンポは典型的なレゲエの70-90BPM か、より速いダンスホールの95-105BPM。ワンドロップ(3拍目強)のドラム、跳ねる4/4のスカ・アップストロークをキーボードで置き換えたスタブ、深いベース・ラインが骨格になる。歌はスワヒリ語+英語+シェングの三言語ミックス、ラスタファリズムのラン・ワード語彙(『I and I』『Jah』『Zion』)と、ケニアの社会批評(汚職、部族問題、若者失業)を組み合わせる。
生まれた背景
起点は1998年結成の Necessary Noize、Wyre(Kevin Waire、1980-)と Nazizi(Nazizi Hirji、1981-、インド系ケニア人)の男女デュオで、彼らは2004年『ケニアn Boy ケニアn Girl』でスワヒリ語レゲエをアフリカ大陸全域に届けた最初のヒットを出した。Nazizi はケニアで『レゲエ・ファースト・レディ』の異名を持ち、女性の身体で男性主導のジャマイカン・レゲエ様式を書き換えたことがこのシーンの独自性の核だ。2000年代後半以降、Jah Cure、Morgan Heritage らジャマイカ本国の大物が定期来ナし、ナイロビの Carnivore Grounds でのレゲエ・イベントは東アフリカ最大級の規模になった。Ghetto Radio(89.5 FM、2007-)は レゲエ Sunday の番組枠でシーンを支え続けている。
聴きどころ
発展
2000年代後半以降、Jah Cure、Morgan Heritage らジャマイカ本国の大物が定期来ナし、ナイロビの Carnivore Grounds でのレゲエ・イベントは東アフリカ最大級の規模になった。Ghetto Radio(89.5 FM、2007-)は Reggae Sunday の番組枠でシーンを支え、Wyre のソロ活動、若手 Steele、Redsan(元 Kapuka から転身)、Wangeci、そして 2020年代の Bensoul、Nyashinski の一部楽曲までを網羅する形で継続している。
出来事
- 1998: Necessary Noize 結成
- 2004: Necessary Noize『Kenyan Boy Kenyan Girl』
- 2007: Ghetto Radio 開局
- 2010: Wyre ソロ活動本格化
派生・影響
レゲエ(regional_variant)、ダンスホール(regional_variant)、Kapuka(sibling)。
音楽的特徴
楽器ドラム、ベース、キーボード(オルガン/シンセ)、エレキギター(スカ・アップストローク)、ボーカル、時にホーン
リズムワンドロップ4/4、ダンスホール・リディム、スワヒリ+シェング語のフロウ、コーラス集団歌唱
代表アーティスト
- Nazizi
- Necessary Noize
- Wyre
代表曲・古典
Kenyan Boy Kenyan Girl — Necessary Noize (2004)
Bless My Room — Necessary Noize (2005)
Nizi Nizi — Nazizi (2010)
One More Time — Wyre (2011)
日本との関係
初めて聴くなら
豆知識
影響・派生で結ばれたジャンル
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- 宗教・霊歌ケニア・ゴスペル
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- 伝統・民族ゲンゲトーン
