イタリア映画音楽
1950-90年代、ロータとモリコーネがチネチッタ映画に書いた、口笛・ハーモニカ・女声合唱を主要音色とする南欧独自の映画音楽。
どんな音か
イタリア映画音楽の音は、ハリウッド黄金期スコアと比べると軽くて透明で、そして時に妙に「聖なる」響きを持つ。それは編成の違いによる。大編成のスタジオ・オーケストラで壁を作るハリウッド流に対し、イタリア側は室内編成(30-40名)を軸に、口笛、ハーモニカ、女声独唱、口琴、単音ギター、教会オルガンといった特殊音色を混ぜ、そこに情動的なワルツ拍や3/4のハバネラを敷く。ニーノ・ロータ《甘い生活》(1960)を聴くと分かるように、ジャズ的なイタリア・カバレット風のホルンとサックスが Via Veneto の夜の情景を作る。エンニオ・モリコーネ《ミッション》(1986)の《Gabriel's Oboe》では、たった一本のオーボエと弦楽合奏、そして遠くから響く男声合唱で18世紀パラグアイの伝道所の情景を書く。ハリウッド流が「同期による豪華さ」を目指すなら、イタリア流は「距離感による情景」を目指す。
生まれた背景
決定的な起点は1952年、ニーノ・ロータ(1911-79、ミラノ生)がフェデリコ・フェリーニの《白い酋長》をスコアしたことで、以降両者はフェリーニ死の直前まで生涯のコラボレーションを続けた。ロータはローマ音楽院とフィラデルフィアのカーティス音楽院で学んだ本格的なクラシック作曲家で、19世紀オペラの旋律線と20世紀サーカス音楽の折衷を得意とした。同時期、ローマ音楽院卒のエンニオ・モリコーネ(1928-2020)が1961年ルチアーノ・サルチェ監督《ファシスト》で本格的に映画音楽に入り、1964年セルジオ・レオーネ《荒野の用心棒》で口笛+エレキギター+口琴+人声「ワウワウ」という独自の音色パレットを発明した。1972年、コッポラが《ゴッドファーザー》にロータのイタリア南部民謡風主題を採用したことで、この音色が「イタリア映画音楽」として国際的に流通した。
聴きどころ
第一に、旋律楽器の選び方。ロータならホルン+サックス+マンドリン+ハーモニカ、モリコーネなら口笛+ハーモニカ+口琴+単音エレキギター+女声独唱、というふうに、作曲家ごとに「音色の署名」がある。第二に、リズムの押し引き。イタリア映画音楽は西欧のワルツ拍・ハバネラ拍・タンゴ拍を多用し、ハリウッドの march や symphonic 拍とは対照的に「揺れる」時間感を作る。第三に、神聖楽節の扱い。モリコーネ《ミッション》の女声合唱、ロータ《アマルコルド》の教会オルガン風パッセージなど、キリスト教的な「上」の音がしばしば挿入される。第四に、ヴォーカル素材のスキャット処理。モリコーネの「ワウワウ」「アアア」といったヴォーカル・ラインは、言葉のない歌声を楽器として使う独自の書法。
発展
1964年、モリコーネがセルジオ・レオーネ《荒野の用心棒》をスコアしたことで、口笛+エレキギター+口琴+人声「ワウワウ」というマカロニ・ウエスタン・サウンドが発明され、以降《夕陽のガンマン》(1965)、《続・夕陽のガンマン(The Good, the Bad and the Ugly)》(1966)、《ウェスタン(Once Upon a Time in the West)》(1968)へと展開した。1970-80年代、モリコーネの創造力は爆発し、ダリオ・アルジェント《四匹の蝿》(1971)などのジャロ、《ミッション》(1986、アカデミー賞ノミネート)、《ニュー・シネマ・パラダイス》(1988、ジュゼッペ・トルナトーレ)、そして《アンタッチャブル》(1987、ブライアン・デ・パルマ)などハリウッド作品まで及んだ。並行して、リズ・オルトラーニは《世界残酷物語》(1962)の《More》で世界的ヒットを、ルイス・バカロフは《イル・ポスティーノ》(1994)でアカデミー賞を獲得。フランス人アレクサンドル・デプラ(1961-)は21世紀の直接の継承者で、ウェス・アンダーソン、フィリップ・カウフマン、ロマン・ポランスキーの作品でイタリア映画音楽の室内楽的美学を21世紀に持ち込んだ。
出来事
- 1952: ロータ《白い酋長》(フェリーニ初コラボ)
- 1960: ロータ《甘い生活》
- 1963: ロータ《8 1/2》
- 1964: モリコーネ《荒野の用心棒》
- 1966: モリコーネ《続・夕陽のガンマン》
- 1972: ロータ《ゴッドファーザー》
- 1986: モリコーネ《ミッション》
- 1988: モリコーネ《ニュー・シネマ・パラダイス》
- 1994: バカロフ《イル・ポスティーノ》
- 2016: モリコーネ《ヘイトフル・エイト》(アカデミー作曲賞)
派生・影響
hollywood-golden-age-film-score(ハリウッド黄金期映画音楽)の兄弟、spaghetti-western-scoreの親カテゴリ、film-scoreの南欧支流、後のウォン・カーウァイ映画(《花様年華》2000、《2046》2004)や北野武映画の抒情スコアへの影響源。
音楽的特徴
楽器室内オーケストラ(弦五部・木管・ハープ・ピアノ)+ 口笛・ハーモニカ・女声合唱・口琴・エレキギター(トレモロ)・チャーチオルガン・ソプラノ独唱
リズム3/4ワルツと4/4のタンゴ・ハバネラを主軸に、フェリーニ的サーカス行進、モリコーネのマカロニ・ウエスタン特有の中庸テンポ(80-100BPM)、そして自由リズムの神聖楽節
代表アーティスト
- ニーノ・ロータ
- ピエロ・ピッチオーニ
- リズ・オルトラーニ
- ピエロ・ウミリアーニ
- ルイス・バカロフ
- ブルーノ・ニコライ
- アレクサンドル・デプラ
代表曲
8½ - E Poi (La Passerella) — ニーノ・ロータ (1963)
All the Colors of the Dark — ブルーノ・ニコライ (1972)
Amarcord - Titoli — ニーノ・ロータ (1973)
Il Vigile - Main Theme — ピエロ・ピッチオーニ (1960)
La Dolce Vita - Main Theme — ニーノ・ロータ (1960)
More (Mondo Cane) — リズ・オルトラーニ (1962)
Django - Main Theme — ルイス・バカロフ (1966)
Mah Nà Mah Nà — ピエロ・ウミリアーニ (1968)
The Godfather - Love Theme — ニーノ・ロータ (1972)
The Mission - Gabriel's Oboe — Ennio Morricone (1986)
Cinema Paradiso - Main Theme — Ennio Morricone (1988)
その後の代表曲
The Grand Budapest Hotel - Mr. Moustafa — アレクサンドル・デプラ (2014)
The Shape of Water - Underwater Kiss — アレクサンドル・デプラ (2017)
日本との関係
モリコーネの日本ツアーは伝説的な出来事で、2004年2月10-11日の東京国際フォーラム公演、2007年11月の東京サントリーホール、2011年10月の大阪フェスティバルホール、そして2018年11月の東京文化会館公演では常に完売、日本の音楽ファンの間で彼は生前から「聖人」の扱いを受けていた。ニーノ・ロータの《ゴッドファーザー》テーマは日本の結婚披露宴でも頻繁に流れるほど広く知られ、《ニュー・シネマ・パラダイス》(1988)は日本国内で単館ロードショーから拡大公開に至り、20世紀後半で日本人が最も愛したイタリア映画音楽と評価されている。近年では映画音楽家・久石譲がインタビューで繰り返しモリコーネからの影響を語り、宮崎駿映画の抒情スコア(《風の谷のナウシカ》1984 以降)の背後にもイタリア映画音楽の室内編成美学の系譜がある。日本のイタリア映画音楽ファンの層の厚さは、Cinema Rota Morricone 日本、日本モリコーネ協会など複数の非公式コミュニティが継続的に活動していることに象徴されている。
初めて聴くなら
まずモリコーネ《ニュー・シネマ・パラダイス》(1988)から。主題曲《Cinema Paradiso》と息子 Andrea Morricone 作の副題《Love Theme》の二本立てで、20世紀映画音楽最愛の作品の一つ。次にロータ《ゴッドファーザー》(1972)の Love Theme と Main Title、そしてフェリーニ《甘い生活》(1960)の Main Theme。深く入るならモリコーネ《ミッション》(1986)全曲、《ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ合衆国》(1984)、そしてロータ《8 1/2》(1963)と《アマルコルド》(1973)の全曲版へ。バカロフ《イル・ポスティーノ》(1994、アカデミー作曲賞)、ウミリアーニ《Mah Nà Mah Nà》(1968)、そしてデプラ《グランド・ブダペスト・ホテル》(2014)まで一続きに聴くと、この系譜の21世紀の到達点が見える。
豆知識
モリコーネはローマ音楽院で古典作曲を勉強しつつ、副業として映画音楽の編曲を始めた。1966年前後、彼は「Ennio Morricone」と本名でスコアを提供する一方で、「Dan Savio」「Leo Nichols」などの別名義でB級映画やジャロ映画の音楽を大量に書き、1960年代後半だけで年間20-30本のペースで映画音楽を制作した。彼の弟子には Antonello Venditti やイタリア国立音楽学院の作曲家世代が含まれる。もう一つ:ニーノ・ロータは映画音楽の巨匠として世界的に知られる一方で、実は19のオペラ(《幼な子ヨハネ》《フィレンツェの麦わら帽子》など)と3つの交響曲を書いた本格的なクラシック作曲家で、フェリーニ映画音楽は彼のキャリアの一部に過ぎない、と本人は生涯強調していた。彼のオペラは彼の死後の再評価で徐々に世界の歌劇場で上演されるようになっている。
同じ時期・同じ地域で生まれた他のジャンル
- 伝統・民族カンタウトーリ
- 古典マカロニ・ウエスタン音楽
- ロック・メタルイタリアン・プログレ
- エレクトロニックイタロ・ディスコ
