ヒップホップ・R&B

Gファンク

G-Funk

ロサンゼルス / アメリカ合衆国 / 北米 · 1992年〜

1990年代の西海岸Hip Hopを象徴する、Funkサンプルとシンセを多用したスタイル。

どんな音か

Gファンクの「G」はGangsta(ギャングスタ)の頭文字。音の核はP-Funk(ジョージ・クリントンのParlament/Funkadelicなど)から大量にサンプリングしたシンセの音色で、キーボードかシンセが低くゆったりしたメロディラインを奏でる。ドラムはスローに落とした808のキックと太いスネアで、BPMは80〜95程度——ヒップホップとしてかなりゆっくり。その上にDogg Pound流の引き伸ばした発音のラップが乗る。特徴的なのはシンセウィスパー(高い倍音を持つ細い音色)がメロディを彩る点で、Dr. Dreの「Nuthin' but a 'G' Thang」(1992)のイントロ数秒で即座に分かる。全体の空気は「西海岸の午後」——焦らず、暴力性と開放感が同居する。

生まれた背景

Gファンクの誕生はDr. Dreが1992年にDeathRowレコードから『The Chronic』を発表した瞬間に遡る。それ以前のギャングスタラップがニューヨーク発のサウンド(硬質なドラムマシン音)を参照していたのに対し、DreはコンプトンのFunkレコードから素材を引き抜き、ロサンゼルスとロングビーチの夏の空気に合ったサウンドを構築した。Snoop Dogg、Warren G、2Pacがこのサウンドに乗り、1993〜96年に西海岸ヒップホップは全米シーンの中心になった。1996年の2Pac射殺、1997年のBiggie射殺でDeathRowが崩壊するまでの4〜5年間がGファンクの最盛期。

聴きどころ

「Nuthin' but a 'G' Thang」(1992)のイントロで鳴るシンセの音色と、スローに落とした808ドラムの関係を最初に聴いてほしい。続けてWarren Gの「Regulate」(1994)では同じFunkサンプルの構造(マイケル・マクドナルドの「I Keep Forgettin'」がベース)がどう変形されているかが分かる。ラップの声の乗せ方が「急かさない」ことも意識してみると、スタイルの核心に触れられる。

代表アーティスト

  • Dr. Dreアメリカ合衆国 · 1984年〜
  • 2Pacアメリカ合衆国 · 1988年〜1996
  • Warren Gアメリカ合衆国 · 1991年〜
  • Snoop Doggアメリカ合衆国 · 1992年〜

代表曲

日本との関係

1990年代後半から2000年代前半、Gファンク日本でも「ウェッサイ(West Side)」ブームとして一定の市場を作った。B-BOYファッションとともに広まり、日本語ラップのトラックメイカーたちがGファンク的なシンセ音色を採用した曲を多数制作した。Dragon AshやRip Slyme等に間接的な影響も確認できる。現在も「90年代ヒップホップ」のアイコンとして認知されており、映画やドラマのサウンドトラックで今もかかる。

初めて聴くなら

昼間ドライブしながら聴くなら、Warren Gの「Regulate」(1994)が最初の1曲として最高にハマる。夜に静かに聴くなら、Dr. Dreの「Still D.R.E.」(1999)——『2001』収録で、ピアノのリフとともに時代が凝縮されている。

豆知識

Gファンクのシンセ音色の多くは、実はヤマハのDX7やRoland系のFMシンセではなく、Akai MPCでサンプリングしたP-Funkのレコード音源をピッチ変換したものだ。Dr. Dreは「サンプルをそのまま使うのではなく、演奏し直して隙間を埋める」手法を取っており、著作権問題を避けながらFunkのグルーヴを再現していた。

影響・派生で結ばれたジャンル

ジャンル関係図1960年代1970年代1990年代GファンクGファンクファンクファンクヒップホップヒップホップ凡例派生影響同系統
凡例
派生影響同系統
Gファンクを中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

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同じ時期・同じ地域で生まれた他のジャンル

アメリカ合衆国 · 1992年前後 (±25年)

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