アッシリア・ポップ
新アラム語(アッシリア語)で歌われる、シカゴ/デトロイト/シドニーのディアスポラ発祥ダンス歌謡。
どんな音か
アッシリア・ポップは、新アラム語(現代アッシリア語、Sureth)で歌われるダンス歌謡で、シカゴ、デトロイト、シドニーのアッシリア系ディアスポラ・コミュニティと、イラク北部・シリア北東部・イラン北西部・トルコ南東部の伝統的居住地を跨いで発達した。中心リズムはkhigga(輪舞のためのシンプルな4/4)で、テンポは100-130BPM。編成はキーボード(シンセ・ストリングス+シンセ・ベース+シンセ・ドラム)、時にzurna(ダブルリード管)、davul(両面太鼓)、そしてリード歌手。旋律はメソポタミア音階(アラブ・マカームと東方教会典礼旋律の混合)を基調とし、歌詞は結婚式・愛国・キリスト教信仰・失われた故郷の記憶を扱う。世代・地理を跨いでコミュニティを結節する結婚式音楽としての機能が、このジャンルの生命線だ。
生まれた背景
アッシリア人は、メソポタミア北部を故郷とする東方キリスト教徒コミュニティで、新アラム語を母語とする。1915年オスマン帝国下のSayfo(アッシリア人虐殺)、1933年イラクのSimeleの虐殺、1970年代以降のイラク・シリア紛争、そして2014年のISIS侵攻により、コミュニティはアメリカ合衆国(シカゴ、デトロイト、モデスト)、オーストラリア(シドニー)、スウェーデン、ドイツへの大規模ディアスポラを形成した。1970年代以降、これらのディアスポラ都市で、伝統的なkhigga(輪舞)リズムに西洋ポップの編成を組み合わせたアッシリア・ポップが生まれた。第一世代の担い手はSargon Gabriel、Ashur Bet Sargis(男性)、Linda George、Janan Sawa(女性)で、彼らのシカゴ・ロサンゼルス・シドニー録音がジャンルの型を確定した。
聴きどころ
まずkhiggaのリズムに耳を澄ませてほしい。これはアッシリアの輪舞(円環になって手を繋いで踊る)のためのシンプルな4/4で、シンセ・ドラムの単純なキックとスネアがそれを刻む。次にzurna(ダブルリード管)またはシンセ・ストリングスが上でメソポタミア音階の旋律を弾く、その音階はアラブ・マカーム(Bayati、Hijaz)と東方教会典礼旋律の混合で、アラブ・ポップやトルコ・アラベスクとも異なる独特の中東的響きを持つ。歌詞は新アラム語で、アッシリア語話者以外には内容が伝わらないが、旋律の反復と結婚式の集団ダンス機能が音の骨格を保つ。Sargon Gabrielの1970-80年代録音、Linda Georgeの1990年代シドニー録音が代表的な入り口。
発展
第一世代の担い手はSargon Gabriel(1947-、キルクーク生・シカゴ拠点)で、彼はテヘランとバグダードでの初期録音を経て1970年代にシカゴでアッシリア・ポップの型を確定した。同世代のAshur Bet Sargis(1948-2020、イラン・オルーミーイェ生)はロサンゼルスとサンノゼで活動、Linda George(1962-、キルクーク生・シドニー拠点)は女性ボーカルの代表格として1980-90年代のアッシリア・ポップを牽引した。同世代のJanan Sawa(1957-、テヘラン生・シドニー拠点)も女性側の主要な担い手だ。2000年代以降はKlodia Hano(1985-、シドニー生)ら第二世代がYouTube経由でグローバルなアッシリア・ディアスポラの若年層に届いている。
出来事
- 1915: Sayfo(アッシリア人虐殺)
- 1970s: シカゴ・デトロイトでアッシリア・ポップ成立
- 1980s: Linda GeorgeとJanan Sawaのシドニー世代
- 2000s: YouTube経由の第二世代グローバル化
- 2014+: ISIS侵攻でイラク・シリアからの新たな難民・移民層
派生・影響
湾岸カリージー(khaleeji)、アルメニア・ポップ、シリア北東部のクルド語ポップと兄弟関係。ザヴィヤ(zurna)+ダヴル(davul)編成はトルコ・アルメニア・クルドと共通する結婚式音楽の系譜。
音楽的特徴
楽器キーボード(シンセ・ストリングス、シンセ・ベース、シンセ・ドラム)、zurna(ダブルリード管)、davul(両面太鼓)、時にkeman(バイオリン)、oud、リード歌手
リズムkhigga(4/4、100-130BPMの輪舞リズム)、時に9/8のコチャリ拍子、シンセ・ドラムのシンプルな4/4刻み、旋律はメソポタミア音階
代表アーティスト
- Ashur Bet Sargis
- Sargon Gabriel
- Janan Sawa
- Linda George
- David Esho
- Klodia Hano
代表曲
Khigga d'Sargon — Sargon Gabriel (1978)
Yaqoora d'Athor — Ashur Bet Sargis (1982)
Rekhma d'Ninwe — Sargon Gabriel (1985)
Shaqla Zora — Janan Sawa (1988)
Ana Suryaya — Linda George (1990)
その後の代表曲
Nineveh Rising — Klodia Hano (2015)
Khubba d'Athor — David Esho (2018)
日本との関係
初めて聴くなら
豆知識
「khigga」は新アラム語で「輪舞」を意味し、結婚式・命名式・アッシリア新年(Kha b'Nisan、4月1日)での中心的なダンス形式だ。アッシリア・ポップの歌手たちは伝統的に「Athor」(アッシリアの古語名)、「Nineveh」(古代都市)、「Suryaya」(アッシリア人)といったキーワードを歌詞に頻繁に埋め込み、失われた故郷への愛着とディアスポラ・アイデンティティを結節する装置として機能させる。デトロイトのアッシリア・コミュニティは19世紀末からの移民の歴史を持ち、Sterling Heights地区がアッシリア人商業地区として知られる。
