アイータ
モロッコ農村部の女性歌手集団『シーカート』が担う、叫びと祈願の即興詩歌。マルフーンの都市に対する農村の対応物。
どんな音か
アイータ(アイータ、『叫び』『呼びかけ』の意)は、モロッコ農村部の伝統的な声楽で、担い手は歴史的に女性歌手集団『シーカート』(cheikhat、単数はcheikha)だ。編成は3-6人の女性歌手+男性演奏家(ヴィオラ、ウード、時にキーボード)+タール(フレーム・ドラム)で、歌手たちが円陣で座り、リード歌手が短いフレーズを叫び、他のメンバーが応答するコール&レスポンス構造が最大の特徴だ。地方ごとに固有の様式があり、Aita Hasbaouia(サフィ地方)は4/4、Aita Marsaouia(サハラの入口Zaer地方)は6/8、Aita Chamaria(北部Zaërとハウズ地方)は不均等拍子、そしてクライマックスの『kayda』では加速する変拍子に切り替わる。歌詞はダリージャで、農作業、愛、失恋、社会風刺、時に政治的抗議、そして極めて赤裸々な性的暗喩まで幅広い。マルフーンが都市の男性エリート声楽なら、アイータはその農村・女性・大衆の対応物として存在する。
生まれた背景
アイータの担い手であるシーカートは、モロッコ社会で長らく二重の位置にあった。芸能で生計を立てる自立した女性であり、同時に『良家の女ではない』として社会的スティグマを負う存在でもあった。植民地期(1912-56)にはフランス人が彼女らを『ムーア人の芸者』と呼んで観光対象化した一方で、モロッコ農民にとってはアイータは真の民衆記憶の保管者だった。20世紀の伝説はカサブランカ近郊出身のシーカ・ハッジャ・ハムダオウィア(Cheikha Haja El Hamdaouia、1930頃-2021)で、彼女はアイータの歌詞と身振りを都市サロンとレコード盤に持ち込み、農村の女性歌手が国民的スターになる先例を作った。同世代のファトナ・ベント・エル=フセイン(1930頃-2015、ベン・ゲリール出身)はAita Marsaouiaの決定的な歌い手として1970-90年代に活動、彼女の1980年代の録音群がAita研究の基準となっている。彼女は生涯結婚せず、13人の弟子を育てて自身の芸を継承させた。
聴きどころ
まずコール&レスポンスの構造に耳を澄ませてほしい。リード歌手(シーカ)が短いフレーズを叫び、他のメンバーが同じフレーズか、応答的な返しを重ねる。このやり取りの中で、リードが徐々にフレーズを短くし、応答が長くなり、最終的に一つの叫びだけを繰り返す『kayda』のクライマックスに到達する。次にヴィオラ・ダモーレ(kamanja)の演奏で、マルフーンと同じ楽器だがアイータでは歌唱の合間の短いフレーズを埋める役割で、独立したソロは取らない。タールの叩き方は、指の腹で低音、指先で高音を分ける2音の切り替えで、これがヒップホップの808キック/スネアと機能的に近い。ファトナ・ベント・エル=フセインの『Kaftanek Mahloul』は、地方の結婚式で歌われる典型的なaitaで、5分間の中で3回加速する。ハッジャ・ハムダオウィアの都市化されたaitaは、伝統的な農村様式に電子キーボードとリズムマシンを組み合わせた過渡的な様式で、シャアビへの橋渡し形態として聴くと理解しやすい。
発展
同世代のファトナ・ベント・エル=フセイン(Fatna Bent El Hocine、1930頃-2015、ベン・ゲリール出身)は Aita Marsaouiaの決定的な歌手として1970-90年代に活動、彼女の1980年代の録音群がAita研究の基準となっている。近年はアイータの復権運動が起きており、ドキュメンタリー映画『C'est eux les chiens』(2013、監督ヘイシャム・ラマ)、映画『Aïta』(2022、監督ソフィア・エル=フビ)などがシーカートの生涯を丁寧に描き、若い世代の女性シンガーがアイータの様式を現代的な文脈で再演奏する動きも生まれている。
出来事
- 17-18c: 農村部で成立
- 1912-56: フランス保護領期の観光対象化
- 1960s: Cheikha Hamdaouiaの都市進出
- 1980s: Fatna Bent El Hocine録音集
- 2015: Fatna Bent El Hocine逝去
- 2022: 映画『Aïta』
派生・影響
モロッコン・シャアビ(moroccan-chaabi)の直接の親で、ハッジャ・ハムダオウィアはアイータを都市シャアビに翻案した張本人。マルフーン(melhun)とは都市/農村の対応関係にある姉妹ジャンル。
音楽的特徴
楽器女性ソロ+女性コーラス、ヴィオラ・ダモーレ(kamanja)、ウード、タール(フレーム・ドラム)、時にダラブッカとキーボード
リズム地方ごとに異なる4/4・6/8・不均等拍子、加速するクライマックスの『kayda』、コール&レスポンス構造
代表アーティスト
- Fatna Bent El Hocine
代表曲・古典
Kaftanek Mahloul — Fatna Bent El Hocine (1978)
Daba Yiji — Fatna Bent El Hocine (1982)
L3rar — Fatna Bent El Hocine (1985)
日本との関係
日本でのアイータ認知はほぼゼロで、シーカの女性歌手が来日した記録もない。ただし2010年代以降の世界的なフェミニズム音楽再評価の流れで、シーカートの生涯を描いたモロッコ映画『C'est eux les chiens』(2013)、『アイータ』(2022)が東京国際映画祭、山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映され、限定的だが芸術映画ファンの間で名前が知られはじめた。日本のフェミニズム研究、特にMENA地域の女性研究では、シーカートの二重の位置(自立した女性/社会的スティグマ)がジェンダー史の重要な事例として言及される。日本の類似物を探すなら、江戸時代の遊女文化と地方の巡回芸能(瞽女、山伏)の交点にある——芸能で生きる女性が社会的排除と芸術的自由の両方を負う構造は、日本の歴史にも並行する。
初めて聴くなら
入り口はファトナ・ベント・エル=フセイン『Kaftanek Mahloul』(1980年代録音)。伝統的なaitaの様式が最も純粋な形で味わえる。次に彼女の『Daba Yiji』、加速する『kayda』の典型例。ハッジャ・ハムダオウィア『Mahmouma』(1976、既存の00-existing.tsに収録)、都市化されたaitaの決定的な録音。より現代なら、モロッコ映画『アイータ』(2022)のサウンドトラック、若い世代のシーカが伝統様式を継ぐ様子が聴ける。録音音源が古く割れ気味なことが多いが、それがかえって農村結婚式の湿った夜の空気を伝える。屋外の解放感がある空間、あるいは目を閉じた深夜、大きめの音量で叫びを浴びるように聴くのが本来の聴取に近い。
豆知識
『aita』の語は『呼びかけ、招集』の意で、シーカが観客に応答を求める儀礼構造がそのままジャンル名になった。この『応答を要求する』構造は西アフリカのグリオ、米国黒人ゴスペル、日本の民謡の音頭取りと機能的に同じ位置にある。ファトナ・ベント・エル=フセインは若い頃、地方フェスタで一晩数百人の観衆の前で6-8時間歌い続ける鍛錬をした。彼女の声帯は晩年でも張りを失わず、80代でも1時間の連続歌唱が可能だった。ハッジャ・ハムダオウィアは2021年10月に91歳で亡くなり、モロッコ政府は国葬を執り行った——シーカートに与えられた前代未聞の名誉だった。彼女は生前一貫して『aitaは私の母だ』と語り、農村の女性歌手の伝統への忠誠を明言した。近年はアイータをテーマにした映画・演劇・ドキュメンタリーが相次いで作られ、若い世代の女性シンガー(ナイダ運動と並走する形で)が伝統様式を現代的な文脈で再演奏する動きが生まれている。
