ヴェイパーウェイヴはなぜ再発見されたのか
2011年のBandcamp投稿から、ネットの物憂さに寄り添うBGMへ
3行まとめ
- ヴェイパーウェイヴは、Macintosh Plus『Floral Shoppe』が80年代のソフトロックを半速にして霞ませたところから広まった。
- 最初はTumblr的な冗談だったのに、ショッピングモール、企業BGM、古いPC画面の記憶が奇妙に音楽として残った。
- 2010年代後半になると、その冗談は「来るはずだった未来が来なかった」ことを聴くための、少し切ない装置として読み直された。
エレクトロニック
1枚のアルバムが象徴になった
「これは音楽なのか?」——2011年末、ある覆面プロデューサーが投稿した1枚に、ネットはそう反応した。投稿主は Vektroid、別名 Macintosh Plus。アルバム名は『Floral Shoppe』、小さなレーベル Beer on the Rug を通じてBandcampで無料公開された。ジャンル自体の起源は少し前にさかのぼり、Chuck Person『Eccojams Vol. 1』(2010) などの先行作があるが、ヴェイパーウェイヴという像を一枚に結晶させたのはこれだ。
中身は奇妙だった。1980年代のソフトロックやポップ(ダイアナ・ロスの "It's Your Move"、AORバンド Pages など)を、再生速度を半分ほどに落とし、リバーブを深くかけ、ループに刻むだけ。Tumblr に集まるアート好きのあいだで先に火がつき、半ば冗談として広まった、初期ヴェイパーウェイヴを象徴する一曲だ。
半分ふざけた一曲
タイトルからして人を食っていた——『リサフランク420 / 現代のコンピュー』。英題は Lisa Frank 420 / Modern Computing、つまり「現代のコンピューティング」だが、日本語ではわざと「コンピュー」で途切れさせている。この投げやりな切り方そのものが、当時のネット文化だった。英語と日本語をわざと混ぜ、どこか気だるく、誰も生きたことのない90年代を懐かしむ——それが、そのまま当時のネットの気分だった。
90年代のショッピングモールに流れていたBGM、商業施設の当たり障りのないジャズ、CMの背景音楽、Windows95の起動音のようなシステム音。それらを引き伸ばし、リバーブで霞ませ、ループにする。なぜそれが「音楽」になったのか? 当時は誰もうまく説明できなかった。皮肉な美学のひとつでしかなかった。
2010年代後半、意味が反転する
ある時期から、ヴェイパーウェイヴは「冗談」ではいられなくなった。2008年の世界金融危機の傷はまだ癒えず、資本主義そのものへの失望が広がっていた。過去を懐かしむ商品やコンテンツがあふれ、作業中に流すBGMとしてのローファイ・ヒップホップも当たり前になった。こうした空気のなかで、ヴェイパーウェイヴが描く「失われた未来」が、不気味に現実味を帯びた。
派生も生まれた。フューチャー・ファンク は日本のシティポップを高速化し直し、明るいディスコのループに仕立てる。モールソフト は無人のショッピングモールの環境音へ深く潜る。スラッシュウェイヴ はさらに速度を落とし、曲の輪郭ごと溶かす。下の曲「Skylar Spence」は Saint Pepsi による フューチャー・ファンク の代表作だ。彼は2015年初頭、商標上の理由でこの曲名をそのまま名乗り、Skylar Spence へ改名した。この曲は、のちにYouTubeなどで世界的に広まる「シティポップ・リバイバル」——日本の80年代歌謡ポップが海外で再評価される動き——への橋渡しにもなった。
「失われた未来」を聴くための装置
再発見されたヴェイパーウェイヴは、「失われた未来」を聴くための装置になった。1980年代と1990年代のあの音が背負っていた「未来はきっと明るい」という楽観は、その後の数十年を生き延びられなかった。速度を落とした音源は、その答え合わせのように響く。
「冗談」だったものが、いつの間にか「批評対象」になっている。曲そのものは変わっていない。変わったのは、それを聴く世界のほうだ。
作者のひとこと
Macintosh Plusの『リサフランク420 / 現代のコンピュー』からSaint Pepsiの『Skylar Spence』へ進むと、皮肉だったものが少しずつノスタルジアへ変わる過程が聴こえます。
