イエメン伝統音楽(サンアーニー/ハドラミー)
アラビア半島西南端のイエメンに伝わる古層の音楽で、サナア高原に根ざしたサンアーニー歌謡と、インド洋交易で栄えたハドラマウト地方のハドラミー音楽が二大潮流をなす。
どんな音か
サンアーニー音楽はサナア(首都)周辺で発展した都市古典歌謡で、ウード(短頸リュート)の伴奏に乗せてアラビア語の詩を歌う形式が基本。音楽の骨格は「ミズマル」と呼ばれる旋法体系で、アラブの他地域とは異なる旋法の使い方がある。ハドラミー音楽はハドラマウト地方とインド洋沿岸の交易ネットワークに沿って広まり、東アフリカ・インド・東南アジアとの混交が音の中に痕跡を残す。ドラムの使い方が際立っており、複数の太鼓が複合リズムを刻む中でリュートと歌が絡む。どちらの系統にも共通するのは、歌い手が詩の言葉ひとつひとつをゆっくり味わうような声の出し方をする点。
生まれた背景
イエメンはアラビア半島最古の文明のひとつ、サバ王国(シェバ)の地であり、音楽伝統の古さは文献よりも慣習の連続性に残っている。7世紀のイスラム化以降はアラビア語詩歌の伝統と深く結びつき、特にサナアの「フメイニー詩」と呼ばれる方言詩のジャンルは、600年以上の記録が残る。ハドラマウトはインド洋交易の要衝として18〜19世紀に最も栄え、商人たちが音楽を東アフリカやジャワに持ち出し、逆に現地の音楽要素を取り込んで帰ってきた。2015年以降の内戦はこの音楽の担い手コミュニティに深刻な影響を与えており、伝承者の多くが国内外に離散している。
聴きどころ
サンアーニー音楽では、歌い手がウードのイントロが終わる前に歌い始めることがある。声とウードが先行・後行するこの「追いかけ」の感覚を追うと、即興的な関係が体感できる。ハドラミー音楽では太鼓の層がいくつあるかを聴き分けることが最初の課題で、低音・中音・高音のドラムが別々のリズムパターンを持っている。
発展
20世紀後半、ムハンマド・ムルシド・ナージーらが録音文化を整え、ハドラミー音楽はインドネシア・ガンバス系音楽との接続で再評価された。2003年にユネスコがサンアーニー詩歌を無形文化遺産に登録した。2015年以降の内戦で多くの音楽家が亡命し、伝承の危機が続く。
出来事
- 7世紀: シャーバ詩成立
- 1949: ユダヤ系イエメン人イスラエル移住
- 2003: サンアーニーがユネスコ無形文化遺産登録
- 2015: イエメン内戦で音楽家亡命
派生・影響
アラブ宮廷古典、ユダヤ系シャーバ詩、東アフリカ・ターラブ、インドネシア・ガンバスと深く交差。
音楽的特徴
楽器カンブース、トゥルブ・カバスィー、サフン、声
リズムダサース拍子、フリー前奏、宮廷詩
日本との関係
初めて聴くなら
録音の流通が限られているため、ストリーミングで「Sana'ani music」や「hadhrami music」と検索して出てくる録音から聴き始めるのが現実的。ウードと歌だけのシンプルな録音から、太鼓入りのハドラミー音楽へと進むと音楽の幅が確認できる。
