シリア聖歌
シリア語典礼を持つ東方諸教会で歌われる古代キリスト教聖歌。マロン派・シリア正教会・東方教会など多教派で共有される。
どんな音か
単旋律または簡素な多声で歌われる声楽で、楽器伴奏は原則として使わない。シリア語(アラム語の後継)の典礼テキストを、音節に旋律を割り当てながら歌う。音域はそれほど広くなく、旋律は一定の旋法(モード)の中を上下しながら繰り返す。コーラスが一節を応唱するアンティフォン形式や、詩節ごとに歌い手が変わるスタイルが典礼の中で使い分けられる。反響する石造りの教会で歌われることを前提にした響きで、残響が音を包む感触がある。4世紀の神学者・詩人エフレムによる韻文讃歌(マドラシェー)は今日も歌われており、旋律と詩節構造の古さが特徴的。
生まれた背景
聴きどころ
旋律の「頂点」に達してから下降する流れを一節ごとに追うと、反復の中にある微妙な変形が聴き取れる。アンティフォン形式では一人の詠唱者とコーラスの呼応を追うとよい。声がどこで伸び、どこで切れるか、その切れ目に典礼の「呼吸」がある。
発展
5世紀以降、カルケドン公会議をめぐる神学論争で東方教会・シリア正教会・マロン派などに分かれたが、聖歌伝統は基層を共有しつつ各派で独自発展した。20世紀のヌヘル・モラン・マル・イグナティウス・ザッカ1世らシリア正教会総主教により楽譜の再整備と録音が進められた。中東紛争で伝承基盤が脅かされ、欧州・南北アメリカのディアスポラに保全されつつある。
出来事
- 363: エフレム没、シリア讃歌詩の確立
- 410: 第1ニカイア公会議派が東シリア教会を承認
- 451: カルケドン公会議、シリア教会の三分裂
- 2010代: 中東紛争でモスル・アレッポなどの伝統圏が壊滅
派生・影響
ビザンティン聖歌・アルメニア聖歌・コプト聖歌・初期グレゴリオ聖歌の旋律源として東方キリスト教音楽全体に影響を与えた。
音楽的特徴
楽器男声斉唱、稀にナーグース(シンバル)
リズム自由リズム、8旋法(Beth Gazo)、シリア語、対唱形式
代表アーティスト
- Choir of the Monastery of Saint Ephrem
代表曲
Beth Gazo: Mor Ephrem Hymns — Choir of the Monastery of Saint Ephrem
日本との関係
初めて聴くなら
Choir of the Monastery of Saint Ephremによる「シリア聖歌: Mor Ephrem Hymns」が録音として入手しやすい。静かな環境でスピーカーから流すと、反響を前提にした声部の重なり方が感じ取りやすい。
豆知識
シリア語典礼の聖歌は、グレゴリオ聖歌よりも古い起源を持つ可能性があるとされる。アラム語はイエスが日常会話で使っていた言語とほぼ同系統であり、今も典礼でそれを歌い続けている共同体が存在するという事実は、言語史・宗教史の両面から注目されている。中東の紛争と迫害によって話者が急減しており、典礼音楽の記録保存を進めるプロジェクトが複数の大学と教会によって進められている。
