スーフィヤーナ・カラーム
カシミール地方のスーフィー古典歌曲。
どんな音か
カシミール地方に伝わるスーフィー神秘主義の歌で、演奏には「サントゥール」と呼ばれるハンマーダルシマーが欠かせない。サントゥールは百本を超える弦を二本の細い木製バチで叩く楽器で、金属弦が震えるたびに澄んだ余韻が広がり、消えきらないうちに次の音が重なる。歌はペルシア語・カシミール語の古典詩をもとにしており、低く抑えた声で始まり、詩節が進むにつれて音域が上がる傾向がある。テンポは一定のビートに縛られず、語りかけるように遅くなったり、クライマックスで詩節を繰り返したりする。「ハルモニウム」(足踏み式鍵盤楽器)やタブラが加わることもある。
生まれた背景
中央アジアからカシミール谷に入ってきたスーフィー聖者たちが14〜15世紀に持ち込んだペルシア詩の伝統が、在地の音楽様式と結びついて形成されたとされる。シャー・ハムダーン(1314〜1384年)ら聖者の詩が今も歌われており、詩の内容は神への渇望や恍惚を世俗の恋愛に喩えるものが多い。カシミールがインド・パキスタン分断後も独自の文化圏を保ってきた背景のなかで、この音楽は慰安と共同体の記憶を維持する機能を担い続けてきた。サントゥール奏者のシヴクマール・シャルマは20世紀後半に国際的なステージにこのジャンルを持ち出した先駆者である。
聴きどころ
サントゥールの打弦音が響いて余韻が消えるまでの時間を意識すると、この音楽固有の「音の霞」がつかめる。歌い手が詩節のある行を繰り返し、少しずつ変形させていく場所に注目するとよい。繰り返すたびに声のトーンや緩急が微妙に変わり、詩の意味を深く掘るような感覚がある。
発展
1947年印パ分離以来、紛争で衰退の危機にあったが、ガラーム・モハメッド・サズ・ヌワーブ・カシミールらが伝承を維持した。サントゥール奏者シヴクマール・シャルマ(後に北インド古典に転じた)の出自もこの伝統にある。
出来事
- 16世紀: スーフィー文化のカシミール伝来。
- 1947年: 印パ分離後の伝承危機。
- 1956年: シヴクマール・シャルマがサントゥール独奏化。
- 1991年: カシミール紛争で芸術家流出。
- 2009年: スーフィヤーナ・サンギートのインド国家認定。
派生・影響
シヴクマール・シャルマの北インド・サントゥール演奏の源流、カシミール文化アイデンティティの音楽的中核、中央アジア・マカームとの比較研究対象。
音楽的特徴
楽器サントゥール、サーズ・カシュミーリー、ラバーブ、タブラ、声
リズムマカーム的旋法、複雑な拍子、ペルシア・カシュミーリー詩
代表アーティスト
- シヴクマール・シャルマ
代表曲
Sufiyana Mausiqi — シヴクマール・シャルマ (1991)
日本との関係
日本ではカシミール音楽全般と同様にほとんど紹介されていない。インド古典音楽のファン層の中でもサントゥール目当てにシヴクマール・シャルマのアルバムを聴く人が一部にいる程度で、スーフィヤーナ・カラームとして独立した形で知られることは少ない。
初めて聴くなら
シヴクマール・シャルマの「Sufiyana Mausiqi」(1991年)が現時点で最も入手しやすい録音のひとつ。静かな夜にヘッドフォンで聴くと、サントゥールの余韻が音の層として積み重なっていく感触がわかりやすい。
豆知識
サントゥールはもともとカシミールとペルシア文化圏に固有の楽器だったが、シヴクマール・シャルマが1960〜70年代にインド古典音楽の演奏会で使い始めたことで、ヒンドゥスターニー古典音楽の正式な独奏楽器として認知されるようになった。それ以前は伴奏専用と見なされており、独奏に使えるほどの音楽的柔軟性がないとする向きもあったという。
影響・派生で結ばれたジャンル
同じ時期・同じ地域で生まれた他のジャンル
- 古典カルナーティック古典
- 宗教・霊歌キールタン
- 伝統・民族ラージャスターン民謡
