シエレニョ
シナロア/ソノラ山岳部の三人組アコースティック編成——アコースティック・ギター+レキント+トゥバ——による、コリードス・トゥンバドスの直系の親。
どんな音か
シエレニョは、シナロア州とソノラ州の山岳部(シエラ)を出自にする、アコースティックな三人組編成のノルテーニョ派生ジャンルだ。編成は徹底的にミニマルで、12弦のアコースティック・ギター(バホ・キント)、高音のレキント、そして低音のトゥバ(スーザフォン)の三人だけで完結する。ドラムセットもキーボードも使わない。テンポは95-115BPMの中低速、拍子はコリードの2/4か、より跳ねる3/4のワルツ形式。歌詞はコリード(物語詩)の語り形式を守り、麻薬密売、山岳部の生活、恋愛、家族への忠誠、時に暴力を扱う。歌唱は素朴で、ノルテーニョより鼻にかかった発声、そして曲の合間にトゥバの走句(グラート)がジャズのウォーキング・ベースのように主張する。録音は乾いた質感を優先し、コリードス・トゥンバドスに繋がる音の骨格がすでにここに揃っている。
生まれた背景
決定的な起点は2013年結成のロサンゼルス拠点レーベルRancho Humildeと、シナロア州モチカワイ(Villa Ángel Flores)出身のシンガーAriel Camacho(1992-2015)だった。Ariel Camachoはトリオ「Los Plebes del Rancho」を率いて、伝統的ノルテーニョの物語形式を、ドラムのない三人組アコースティック編成でやり直した——これが「シエレニョ」の音の骨格になった。2014年のシングル『El Karma』が米国内のメキシコ系コミュニティで爆発的にヒット、続く2015年『Hablemos』でジャンルの様式が確立された。しかし同年2月25日、Ariel Camachoはシナロア州で交通事故により22歳で死去、その若すぎる死がシエレニョの神話性を決定づけた。Ariel Camacho死後、次世代の中心となったのがシナロア州カマヨア出身のJunior H(1999-)で、彼が2019年から鳴らし始めた「Sad Boyz」路線が、次のジャンルであるコリードス・トゥンバドスへの直接の橋になった。
聴きどころ
ドラムが無いことが最大の特徴だ。三人だけの編成で、しかもテンポは中低速——にもかかわらず、トゥバとバホ・キントの掛け合いが十分にリズムを推進する。Ariel Camachoの『El Karma』を聴くと、トゥバが「ボン、ボン」と刻む2/4の1拍目と3拍目だけで、体が自然に揺れる仕組みが理解できる。歌唱はノルテーニョより鼻にかかり、ラップに近い語りのフロウを持つ——これが後のコリードス・トゥンバドスに直結する要素だ。Junior Hの『Sad Boyz』は、同じ編成でどれほど鬱屈したトーンまで出せるかを示す実例で、シエレニョが単なる「明るいコリード」ではないことが分かる。
発展
Ariel Camacho死後、Rancho Humildeは同じシエレニョ路線でGerardo Ortíz、Los Plebes del Rancho de Ariel Camacho(彼の元バンド)、そして2015年結成のフロリダ出身Ulices Chaidez y Sus Plebesを送り出した。決定的な次世代の担い手は、シナロア州カマヨア出身のJunior H(1999-)で、彼が2019年から鳴らし始めた「Sad Boyz」路線——シエレニョのアコースティック編成に、鬱屈と孤独を歌う低いトーンを乗せる——が、次のジャンルであるコリードス・トゥンバドスへの直接の橋になった。Peso Pluma、Natanael Cano、Fuerza Regidaがすべてシエレニョの三人組編成を出発点にしていることは、コリードス・トゥンバドスがトラップ・ビートを取っ払うと即座にシエレニョに戻る、という事実を証明している。
出来事
- 2013: Rancho Humildeレーベル設立
- 2014: Ariel Camacho『El Karma』
- 2015年2月: Ariel Camacho交通事故死
- 2019: Junior H『Sad Boyz』登場
- 2023: Peso Plumaを含む世代のBillboard進出
派生・影響
伝統ノルテーニョから派生し、コリードス・トゥンバドスの直接の親元となった。ドラムと808を足せばコリードス・トゥンバドス、外せばシエレニョ、という関係が2020年代の若手世代の中で成立している。
音楽的特徴
楽器アコースティック・バホ・キント(12弦ギター)、レキント(高音ギター)、トゥバ(低音管)、ボーカル
リズムコリードの2/4、ワルツ3/4、テンポ95-115BPM、ドラム無し
代表アーティスト
- Ariel Camacho
- Eslabón Armado
- Junior H
代表曲・古典
El Karma — Ariel Camacho (2014)
Hablemos — Ariel Camacho (2015)
代表曲・現在
El Azul — Junior H (2020)
Sad Boyz — Junior H (2020)
Ella Baila Sola — Eslabón Armado (2023)
日本との関係
初めて聴くなら
豆知識
Rancho Humildeの創設者ヘスス・イグナシオ・ペレス=マレーラは、レーベル設立時にラテン音楽業界からほぼ完全に無視されていた。彼はロサンゼルスのメキシコ系移民の若手を集めて、シナロア/ソノラ・スタイルのアコースティック・トリオを大量に録音・配信することで、10年で業界の勢力図を書き換えた。Ariel Camachoの死後、彼の元バンド「Los Plebes del Rancho de Ariel Camacho」は名前を変えずに現在も活動を続けており、これは死者への追悼の意味を持つ稀な事例だ。Junior Hはメキシコ・アメリカ合衆国両国で「Sad Boy Corrido」(悲しいコリード少年)の代名詞となり、彼の物憂げな公演スタイルは意図的に演出されている。
