伝統・民族

琉球民謡

Ryūkyū Folk Songs

沖縄県 / 日本 / 東アジア · 1500年〜

別名: Okinawan Folk / 島唄(沖縄本島)

沖縄本島・先島諸島の伝統的民謡。三線と独特の音階を持つ。

どんな音か

沖縄の民謡は、日本本土の民謡とは異なる音階(独自の五音階、いわゆる『琉球音階』)と、三線という楽器に基づいている。歌唱は高音域に張り、時に鼻腔を共鳴させる独特の声質が用いられる。テンポは中庸から遅く、歌詞の一音節に対して複数の音を割き、感情的な深さを作る。三線の弾き方は地方によって異なり、同じ曲でも演奏者によって著しく個性が出る。多くの歌詞は、仕事(農業、漁業)、恋愛、別離、自然への想いに関わるもの。

生まれた背景

琉球王国(15世紀から1879年の廃止まで)の独特の文化圏で発展。中国(明清朝)との関係、アメリカ合衆国軍事基地の影響、日本本土との音楽交流など、複雑な歴史的層を持つ。明治時代の日本への統一強制により、琉球民謡は『地方民俗』として相対化された。戦後は、アメリカ合衆国占領下の沖縄で、民俗音楽の自決的再発見の動きが生まれ、知名定男・嘉手苅林昌らが活動。1970年代の復興運動を経て、2010年代に喜納昌吉らが現代的表現と結びつけた。

聴きどころ

嘉手苅林昌の『安里屋ユンタ』では、女性労働者の心情(幸せと悲しみが共存)が、高く張った声と三線の細かな装飾によって表現される。三線の弾き方の『ゆらぎ』——完全なリズム規則性を避け、人間の呼吸に沿う——が、機械的な拍子感を消す。りんけんバンド版では、グループ・アレンジが加わり、個人的感情から共同体的なものへの拡張が感じられる。

発展

20世紀前半、沖縄本島の嘉手苅林昌、八重山の大濱安伴ら名手が録音文化に登場し、戦後は知名定男・登川誠仁・大工哲弘らが伝統と現代の橋渡しを行った。1990年代の喜納昌吉『花』、BEGIN『島人ぬ宝』などで本土・世界に琉球音階が広まった。

出来事

  • 1879年: 琉球処分後も民謡継承。
  • 1956年: 嘉手苅林昌のレコードデビュー。
  • 1969年: 喜納昌吉『ハイサイおじさん』。
  • 1990年: りんけんバンドの活動本格化。
  • 2001年: 夏川りみ『涙そうそう』ヒット。

派生・影響

沖縄ポップス(ウチナーポップ)、HY・モンゴル800ら沖縄バンド、夏川りみ・りんけんバンドの世界進出を生んだ。

音楽的特徴

楽器三線、太鼓、笛、四つ竹、声

リズム琉球音階、三線の即興的合いの手、ハヤシの掛け声

代表アーティスト

  • 嘉手苅林昌日本 · 1956年〜1999
  • 喜納昌吉日本 · 1969年〜
  • 知名定男日本 · 1969年〜
  • りんけんバンド日本 · 1977年〜
  • 夏川りみ日本 · 1989年〜

代表曲

日本との関係

戦後から1970年代までは、本土の『異国的で懐かしい』民俗として消費されてきたが、1990年代から、沖縄の自己決定・アイデンティティ再構築の運動とともに、琉球民謡は『沖縄民族音楽』として再評価された。元ちとせ『ワダツミの木』(2002年)のヒットにより、若年層にも伝統の興味が広がった。

初めて聴くなら

嘉手苅林昌の『安里屋ユンタ』。高音で張り、同時に悲しさを持つ歌唱と、三線の繊細なリズムが印象的。その後、りんけんバンドの現代的アレンジで、グループ・ダイナミクスを経験する。夕方、窓を開けた時間に聴くことを勧める。

豆知識

琉球音階は、西洋の長調・短調とも異なり、『沖縄的なもの』として認識されている。三線のルーツについて、複数の仮説があり、中国の三弦楽器、アラブの楽器、東南アジアの楽器など、様々な系統説が競っている。統一的な見解は存在しない。

影響・派生で結ばれたジャンル

ジャンル関係図1400年代1500年代1600年代1700年代琉球民謡琉球民謡三線音楽三線音楽エイサーエイサー奄美島唄奄美島唄凡例派生影響同系統
凡例
派生影響同系統
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