古典

三線音楽

Sanshin Music

沖縄県 / 日本 / 東アジア · 1400年〜

別名: 琉球古典音楽 / Okinawan Classical Music

三線を主体に発達した琉球王国の古典宮廷音楽で、独特の音階体系と装飾奏法を持つ、日本伝統音楽の中でも特異な領域。

どんな音か

三線音楽の音色は、どこか哀愁を帯びて深い。3本の絹弦が、爪の側面で弾かれることで、撥のようなシャープさと指弾きの柔らかさが両立する。音階はヤマト(本土)の雅楽と異なり、ペンタトニックながら特定の周波数に傾斜している。メロディーは装飾音が多く、同じ音を複数回打鍵する『グッド・サウンディング』技法や、弦を押し下げながら音を変化させるスライド奏法が全編に散りばめられている。速度は遅く、BPM40〜80程度。音の『間』が非常に大切で、空白の時間も音楽の構成要素として扱われている。

生まれた背景

三線はルーツを琉球王国(1429〜1879年)に持ち、中国本土の三弦の影響を受けながらも、沖縄の竹材工法や装飾奏法が独自に発展させたもの。琉球王朝の宮廷では雅楽の一部として位置づけられ、士族の教養の一つとされた。廃藩置県後の1879年の琉球併合によって、本土の三味線文化と異なる道を歩み始め、沖縄戦後は民族アイデンティティの象徴として再評価された。

聴きどころ

爪による弾弦の『音色の厚さ』。単なる音の高さではなく、各弾奏がどの部位の爪で、どの角度で行われているかで、音響が微妙に変化することを聴き分ける。フレーズの終末における音の『消え方』。スライド奏法がいかに自然に、あるいは劇的に入るか。

発展

明治の琉球処分後も士族の家学として継承され、20世紀には組踊・琉球舞踊の伴奏として舞台化された。戦後、沖縄県無形文化財・国指定重要無形文化財に指定され、宮里春行・島袋正雄ら名手が継承を担った。

出来事

  • 1392年: 三十六姓渡来による三弦伝来。
  • 1623年: 湛水親方による湛水流創始(伝)。
  • 1879年: 琉球処分後も家学継承。
  • 2010年: 組踊がユネスコ無形文化遺産登録(三線音楽が伴奏)。
  • 2018年: 沖縄県指定無形文化財拡充。

派生・影響

琉球民謡・組踊・琉球舞踊の音楽的基盤を提供し、奄美三線・沖縄ポップへの基礎ともなった。

音楽的特徴

楽器三線、箏、胡弓、笛、太鼓、声

リズム琉球音階、ゆったりした宮廷節、工工四(楽譜)に従う厳格な節

代表曲

日本との関係

三線音楽日本(特に沖縄県内)で高い文化的価値を持つ。学校教育に組み込まれ、地域のアイデンティティ・シンボルとして扱われている。本土の民族音楽愛好者にも知名度があり、一定数の学習者がいる。ただし、大衆的な知名度は『沖縄民謡』の一部として知られるにとどまり、古典音楽としての格式性は十分に認知されていない。

初めて聴くなら

『かぎやで風節』(鍵屋での風の歌)。三線音楽の代表曲で、三線の単独演奏では最高峰とされる。静かな夜間に、目を閉じて聴くと、琉球王国の宮廷で歌われた音景が蘇る。

豆知識

三線の琴板(共鳴胴)は本来、馬や牛の皮を張ったもので、現在も伝統的な製法では皮製である。20世紀中盤から化学皮を使用した三線も普及し、音色の『本物性』をめぐって奏者間に議論がある。琉球王国時代の古い譜面は漢字で記され、現在の三線古典譜面も漢字を混ぜた特殊な記譜法が使われている。

影響・派生で結ばれたジャンル

ジャンル関係図1400年代1500年代三線音楽三線音楽琉球民謡琉球民謡凡例派生影響同系統
凡例
派生影響同系統
三線音楽を中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

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