ポスト・セリー
1960年代以降、ダルムシュタットの厳格な総音列主義から離脱しつつその厳密さを継承した西洋前衛芸術音楽の総称。Ligeti のミクロポリフォニー、Penderecki の Sonorism、Lachenmann の器楽的具体音楽、Ferneyhough の New Complexity を包括する。
どんな音か
ポスト・セリーの音を初めて聴くと、多くの人は『これは総音列主義の続きなのか、それとも全く別の物なのか』と迷うだろう。それは正しい迷いで、実際、1960年代のヨーロッパ前衛音楽はダルムシュタット系譜の内部からの離脱と拡張として立ち現れた。Ligeti《Atmosphères》(1961)を聴くと、100楽器の管弦楽が各々微細な旋律線を持ちつつ、それらが束として音塊(cluster)を形作る『ミクロポリフォニー』の書法が全面的に立ち上がっている。もはや Boulez・Stockhausen の総音列主義とは全く異なる時間感覚——律動が均等に流れず、音塊が連続的に変化する——が現れる。同時期の Penderecki《広島の犠牲者に捧げる哀歌》(1960、52弦楽器のクラスター作品)、Xenakis《Metastasis》(1954、Le Corbusier 建築の数学に基づく確率論的書法)、Lachenmann《Pression》(1969、独奏チェロ)、Ferneyhough《Time and Motion Study II》(1976)を並べると、これらの作曲家群が『総音列以外の代替原理』を並行して提示していたことが分かる。
生まれた背景
決定的な起点は1961年10月、Ligeti《Atmosphères》の Donaueschingen 音楽祭初演だった。Ligeti は1956年ハンガリー動乱を機にウィーンに亡命し、以降ダルムシュタットに1957年から通いつつ、総音列主義への内部批判を進めていた。《Atmosphères》は音高・律動・強弱の伝統的な音楽的パラメータをすべて放棄し、音塊(cluster)の連続的な変化そのものを主題化する『ミクロポリフォニー』を初めて完成させた。ダルムシュタット楽派の作曲家たち(Boulez・Stockhausen)は既に総音列主義の限界を認識しつつあり、1957年 Stockhausen《Gruppen》の複数群管弦楽・1960年《Kontakte》の電子音とピアノ・打楽器の統合は、既にセリー原理の外部への出口を模索していた。同時期、Penderecki《広島の犠牲者に捧げる哀歌》(1960、Warszawska Jesień 初演)がポーランド発の Sonorism を提示、ワルシャワの秋音楽祭(1956-)を経由してヨーロッパ全域に流通した。1970年代後半、Brian Ferneyhough(1943-)がロンドン王立音楽院を拠点に『新複雑派(新複雑性)』を提唱、極度に精密な記譜による『演奏不可能性の限界』を主題化した。
聴きどころ
第一に、Ligeti のミクロポリフォニーの時間感覚に注意。《Atmosphères》(1961)や《Lontano》(1967)を聴くと、拍節が完全に溶解し、音塊が連続的に変化する『無時間』的な音楽が立ち現れる。第二に、Penderecki のクラスターと特殊奏法。《広島の犠牲者に捧げる哀歌》(1960)では、52楽器が微分音のクラスターを形成、駒後ろの弓打ちなど非通常奏法を主題化する。第三に、Lachenmann の『音楽的拒否』。《Pression》(1969、独奏チェロ)は、チェロの通常奏法(明確な音高・持続音)を意図的に拒否し、擦音・打音・気音などの『非音楽的』な音を主題化する。第四に、Ferneyhough の記譜の密度。《Time and Motion Study II》(1976、独奏チェロと2音響技師)の楽譜は、1小節に20以上の音符と多重連桁を含み、演奏可能性の限界を主題化する。
発展
1965年 Ligeti《Requiem》は Kubrick《2001年宇宙の旅》(1968)への無断使用によって国際的な知名度を得、Ligeti は1974年オペラ《Le Grand Macabre》で書法を再度転回した。1966年 Penderecki《ルカ受難曲》は Sonorism を宗教音楽に応用、1976年《Kosmogonia》で頂点に達した。Berio《Sinfonia》(1968、New York Phil 初演)は Mahler 第2交響曲第3楽章のスケルツォを土台に、Debussy・Ravel・Schoenberg・Stockhausen・Boulez の引用を重ねるコラージュで、ポスト・セリーの反セリー的な引用主義の代表となった。1976年 Berio《Coro》は40声の独唱と40楽器のための、様々な民俗音楽の詩を用いた大規模作品。1970年代後半、Ferneyhough《Time and Motion Study II》(1976)、《Carceri d'Invenzione I》(1982)がロンドン発の『新複雑派』を確立、Michael Finnissy・Chris Dench らが追随した。1977年 Lachenmann《Salut für Caudwell》(2ギターのための、Christopher Caudwell 追悼)は『器楽的具体音楽』の代表作、以降1990年代の音楽劇《温泉のマッチ売りの少女》(1996)で頂点に達した。1980年代以降、Wolfgang Rihm が『新単純性(new-simplicity)』でポスト・セリーの反動としての新書法を提示、この系譜は21世紀にも続いている。
出来事
- 1954: Xenakis《Metastasis》Donaueschingen 初演(確率論的書法の起点)
- 1960: Penderecki《広島の犠牲者に捧げる哀歌》Warszawska Jesień 初演
- 1961: Ligeti《Atmosphères》Donaueschingen 初演(ミクロポリフォニー確立)
- 1965: Ligeti《Requiem》
- 1966: Penderecki《ルカ受難曲》Münster 初演
- 1968: Berio《Sinfonia》New York Phil 初演
- 1976: Ferneyhough《Time and Motion Study II》
- 1977: Lachenmann《Salut für Caudwell》
- 1978: Ligeti《Le Grand Macabre》Stockholm 初演
- 1979: Xenakis《Pléiades》
派生・影響
darmstadt-school / total-serialism の直接の反動・継承。musical-expressionism / atonality / twelve-tone の系譜を、非セリー的な書法に翻訳した20世紀後半の主流の芸術音楽語法。post-spectral / new-complexity / new-simplicity / gendai-hogaku の兄弟。
音楽的特徴
楽器室内楽から大編成管弦楽まで、特殊奏法(弦の駒後ろ・音程外れ・気音)を要求される全楽器、時に磁気テープ・ライブ・エレクトロニクス
リズム総音列期の厳格な律動配分を放棄し、テクスチュアの連続的変化・演奏可能性の限界を主題化した書法・多層時間・ミクロ拍節・音塊時間などが並走する
代表アーティスト
- クシシュトフ・ペンデレツキ (Krzysztof Penderecki)
代表曲
Atmosphères — ジェルジ・リゲティ (1961)
Coro — ルチアーノ・ベリオ (Luciano Berio) (1976)
広島の犠牲者に捧げる哀歌 (Threnody to the Victims of Hiroshima) — クシシュトフ・ペンデレツキ (Krzysztof Penderecki) (1960)
Requiem — ジェルジ・リゲティ (1965)
ルカ受難曲 (Passio et Mors Domini Nostri Iesu Christi Secundum Lucam) — クシシュトフ・ペンデレツキ (Krzysztof Penderecki) (1966)
Continuum — ジェルジ・リゲティ (1968)
Persephassa — ヤニス・クセナキス (1969)
Salut für Caudwell — ヘルムート・ラッヘンマン (Helmut Lachenmann) (1977)
Pléiades — ヤニス・クセナキス (1979)
String Quartet No. 4 — ブライアン・ファーニホウ (1990)
日本との関係
1970年大阪万博では Xenakis《ペルセポリス》を含むポスト・セリー系の作品が数多く上演され、日本の一般聴衆にこの系譜への窓口が開かれた。武満徹(1930-96)、湯浅譲二(1929-)、松平頼暁(1931-2023)、諸井誠(1930-2013)、一柳慧(1933-2022)がダルムシュタット・Warszawska Jesień への恒常的参加を通じて日本にこの系譜を持ち込み、彼らの作品自体もポスト・セリー系の書法を吸収した。1980-90年代の細川俊夫(1955-)、藤倉大(1977-)ら現代の日本人作曲家も、Lachenmann の器楽的具体音楽や Ligeti のミクロポリフォニーの直接の後継として国際的に活動している。1995年 Ligeti が東京で開催された作曲家自演コンサートは、彼の日本受容の起点となった。Ferneyhough は2000年代以降、東京・京都で複数回セミナーを開催、日本の若手作曲家に 新複雑性 を伝えた。
初めて聴くなら
まず Ligeti《Atmosphères》(1961)から。Claudio Abbado 指揮 Vienna Phil、あるいは Jonathan Nott 指揮 Bamberg 響のスタジオ版がスタンダード。次に Penderecki《広島の犠牲者に捧げる哀歌》(1960)を Wit 指揮 Warszawska Phil 版で。深く入るなら Ligeti《Requiem》(1965)、Berio《Coro》(1976、Berio 自身指揮 Cologne WDR の CD 版)、Xenakis《Pléiades》(1979、Strasbourg Percussions の初演録音)、Lachenmann《Pression》(1969、フランスs-Marie Uitti の CD 版)、Ferneyhough《弦楽四重奏曲 No. 4》(1990、Arditti Quartet の CD 版)。
豆知識
Ligeti《Atmosphères》(1961)、《Requiem》(1965)、《Lux Aeterna》(1966) は Stanley Kubrick 監督《2001年宇宙の旅》(1968)で無断使用され、Ligeti は激怒して MGM を訴えた。裁判は和解に至り、Ligeti は多額の賠償金を得たが、皮肉にもこの無断使用が彼の国際的な知名度を作った側面もあった。もう一つ:Penderecki《広島の犠牲者に捧げる哀歌》(1960)は、初め《8分37秒》という単純なタイトルで発表されたが、1961年 UNESCO Rostrum of Composers での受賞を機に Penderecki 自身が『広島の犠牲者に捧げる』の副題を追加した。この副題変更以降、この作品は20世紀後半で最も演奏される弦楽作品の一つとなった。もう一つ:Lachenmann《Pression》(1969)は、初演当時『これは音楽ではない』として保守派の批判を浴びた。しかし2010年代以降、ヴァンデルヴァイザー 派・オンキョウ派の若い作曲家たちが彼を先駆者として再評価、Lachenmann は21世紀の芸術音楽の中心作曲家の一人となった。
