ヴァンデルヴァイザー
1992年、Antoine Beuger と Burkhard Schlothauer が Edition Wandelweiser を創設して以来続く、ポスト・ケージ/ポスト・フェルドマンの極端な沈黙と長時間持続を主題とする作曲家共同体。Michael Pisaro・Manfred Werder・Jürg Frey・Radu Malfatti らが中心メンバー。
どんな音か
ヴァンデルヴァイザーの音を初めて聴くと、多くの人は『これは本当に音楽なのか』と迷うだろう。実際、Antoine Beuger《one and quite one》(1997、独奏クラリネット、全長約40分、演奏音は10音以下)を聴くと、40分の演奏時間の内、実際に音が鳴っている時間は数分程度で、残りの30分以上は完全な沈黙、あるいは会場の環境音(客席の呼吸、外の車の音、暖房の唸り)のみが響く。演奏者はスコアの指示に従って、時計を用いて厳密な秒数を計測しながら、時々1音を出しては再び沈黙に戻る。この経験は、20世紀後半の John Cage《4分33秒》(1952)・Morton Feldman 晩年の《弦楽四重奏曲 II》(1983、6時間の持続作品)の系譜を、1990年代以降のドイツ・スイス・アメリカ合衆国の作曲家群が独自の書法として発達させたものだ。楽譜はしばしば1-2ページで数行の指示のみ、演奏時間は10分から数時間、実際の音の密度は極度に低い。
生まれた背景
決定的な起点は1992年、Antoine Beuger(1955-、オランダ・Oosterhout 生)と Burkhard Schlothauer(1957-、ドイツ・チューリンゲン生)がドイツ・Haan(デュッセルドルフ近郊)に ヴァンデルヴァイザー 楽譜出版を創設したことだ。Beuger は1970-80年代にケルンで John Cage 晩年の Number Pieces(1987-92)に強い影響を受けており、Schlothauer と共に自分たちの作曲群を通常の楽譜出版社(Universal, Ricordi, Peters)経由では流通できないことを認識、独自の出版社を立ち上げた。翌1993年 Beuger の《calme étendue》がグループ初期代表作となる。1994年 Michael Pisaro(当時 Northwestern University 教授、後 CalArts 移籍)、1996年 Manfred Werder、1998年 Jürg Frey が参加、以降メンバーが拡張された。共通点は、ケージ後期の Number Pieces の書式(1'-13'の時間枠内で1音を持続する)を出発点としつつ、ケージが決して達成しなかった『沈黙自体を主題化する』一歩を踏み込んだ点にある。制度基盤は ヴァンデルヴァイザー 楽譜出版と同名 CD レーベルで、CD は小ロット(300-500枚)で発売される。
聴きどころ
第一に、沈黙の主題化に注意。伝統的な音楽では沈黙は音と音の間の『空白』として扱われるが、ヴァンデルヴァイザー 派では沈黙自体が音楽的な主題として立ち上がる。Beuger《one and quite one》(1997)を40分間、集中して聴くと、無音の中に会場の環境音(客席の呼吸、外の車の音、暖房)が徐々に意識に浮上する。第二に、時計の使用。多くの ヴァンデルヴァイザー 派作品では、演奏者は時計またはストップウォッチを用いて秒数を厳密に計測、譜面の指示(『5分00秒に第1音、10分30秒に第2音』など)に従う。第三に、音の密度の極端な低さ。Frey《弦楽四重奏曲 No. 3》(2010-14、全長約75分)を聴くと、75分の演奏時間の内、実際に鳴っている音は50-100音程度で、大半は静寂か極めて薄い持続音となる。第四に、環境音との融合。演奏空間の環境音(客席、外部音)が音楽の一部として意識される。Werder の《stück》シリーズ(1998-)では、環境音の受動的な聴取が譜面の中心指示となる。
発展
1997年 Antoine Beuger《one and quite one》(独奏クラリネット、全長約40分、演奏音は10音以下)がグループの美学を初めて完全に体現。2004年から2011年にかけて Michael Pisaro が《harmony series》(全24曲、独奏・小アンサンブル・野外演奏を含む)を発表、シリーズは Wandelweiser 派の最も広範な作品連作となった。Jürg Frey は2010-14年に《String Quartet No. 3》を書き、以降 Wandelweiser 派の弦楽四重奏レパートリーの中心となる。Craig Shepard は2005年に《On Foot: Brooklyn》(徒歩でブルックリンを回る音楽プロジェクト)、Radu Malfatti は数十年にわたるトロンボーン即興と作曲を並行させ、Eva-Maria Houben は《Für Klavier》(2007)以降、オルガンとピアノ独奏レパートリーを充実させた。2010年代以降、Wandelweiser 派は東京(Suidobashi Zeitgeist)、ベルリン(Ausland)、ニューヨーク(Issue Project Room)、ロンドン(Cafe OTO)などの小規模会場ネットワークを主要な発表舞台とし、ヨーロッパ・北米・日本を結ぶ密なコンサート回路を形成した。
出来事
- 1992: Beuger・Schlothauer が Edition Wandelweiser 創設(Haan, Germany)
- 1993: Beuger《calme étendue》
- 1997: Beuger《one and quite one》
- 2004: Michael Pisaro《harmony series》開始
- 2007: Eva-Maria Houben《Für Klavier》
- 2010-14: Jürg Frey《String Quartet No. 3》
- 2010年代: Suidobashi Zeitgeist(東京)を含む国際コンサート回路の定着
- 2020年代: 現在も活動継続、メンバー約12-15名
派生・影響
indeterminacy(Cage)の直接の子孫、特に Number Pieces(1987-92)からの美学的継承。onkyo / reductionism との強い兄弟関係で、東京と Wandelweiser 派は2000年代以降相互演奏を続けている。post-serialism / new-simplicity と20世紀後半芸術音楽の兄弟現象。
音楽的特徴
楽器弦楽四重奏、独奏楽器(ピアノ、オルガン、クラリネット、トロンボーン)、時にサイン波、時に無音のみ、時に環境音の受動的な聴取
リズム拍節の解体・長時間の沈黙(数十秒から数分の連続する空白)・音と音の間隔の均等化・秒数指定による絶対時間書式・時計を用いた演奏指示
代表アーティスト
- ラドゥ・マルファッティ (Radu Malfatti)
- ブルクハルト・シュロータウアー (Burkhard Schlothauer)
- アントワーヌ・ボイガー (Antoine Beuger)
- エヴァ=マリア・フーベン (Eva-Maria Houben)
- ユルク・フライ (Jürg Frey)
- マイケル・ピサロ (Michael Pisaro)
- マンフレート・ヴェルダー (Manfred Werder)
- クレイグ・シェパード (Craig Shepard)
代表曲
calme étendue — アントワーヌ・ボイガー (Antoine Beuger) (1993)
one and quite one — アントワーヌ・ボイガー (Antoine Beuger) (1997)
stück 1998 — マンフレート・ヴェルダー (Manfred Werder) (1998)
transparent city — マイケル・ピサロ (Michael Pisaro) (2006)
harmony series 11-16 — マイケル・ピサロ (Michael Pisaro) (2007)
その後の代表曲
shoguu — ラドゥ・マルファッティ (Radu Malfatti) (2003)
On Foot: Brooklyn — クレイグ・シェパード (Craig Shepard) (2005)
orgelbuch — エヴァ=マリア・フーベン (Eva-Maria Houben) (2006)
Für Klavier — エヴァ=マリア・フーベン (Eva-Maria Houben) (2007)
String Quartet No. 3 — ユルク・フライ (Jürg Frey) (2014)
日本との関係
ヴァンデルヴァイザーの日本受容は2000年代前半、オンキョウ・シーン(中村としまる、Sachiko M、大友良英、杉本拓)との相互交流を通じて始まった。中村としまるや杉本拓は Michael Pisaro・Antoine Beuger との共作アルバムを発表、東京の会場(Suidobashi Zeitgeist、Ftarri、Off Site)で ヴァンデルヴァイザー 派作品の日本初演を続けている。2010年代以降、Michael Pisaro は東京・京都で複数回セミナーを開催、ヴァンデルヴァイザー 派と日本のオンキョウ派・還元派の相互交流を促進した。杉本拓・Taku Unami・Ken Ikeda ら日本の若い作曲家は ヴァンデルヴァイザー 派の書法を明示的に継承しつつ、独自の路線を発達させている。日本のリスナーにとって ヴァンデルヴァイザー 派の受容は、東京の小規模会場文化(20-30名収容)と密接に結びついている。
初めて聴くなら
まず Antoine Beuger《one and quite one》(1997、独奏クラリネット)から。ヴァンデルヴァイザー の CD 版がスタンダード。次に Michael Pisaro《harmony series 11-16》(2007、複数楽器)、《transparent city》(2005-6、フィールド録音とサイン波)を ヴァンデルヴァイザー 版で。深く入るなら Jürg Frey《弦楽四重奏曲 No. 3》(2014、Bozzini Quartet の CD 版)、Manfred Werder《stück 1998》(1998)、Eva-Maria Houben《Für Klavier》(2007)、Radu Malfatti《shoguu》(2003)。日本側は杉本拓・中村としまる・Taku Unami の共作アルバム。
豆知識
『ヴァンデルヴァイザー』はドイツ語で『変化するモノ/ワンダーする者』の意で、1992年 Beuger・Schlothauer が創設した楽譜出版社の名前がそのままグループの名前となった。もう一つ:ヴァンデルヴァイザー 派の楽譜は極端に少ない指示のため、初見演奏がしばしば可能で、これがグループ内での相互演奏を可能にした。Werder《stück 1998》は原則的にはどんな楽器編成でも演奏可能で、実際に Beuger のクラリネット独奏版、Pisaro のフィールド録音版、Frey のクラリネット四重奏版など、複数の異版が録音されている。もう一つ:Radu Malfatti は ヴァンデルヴァイザー 派の中で最も特殊な履歴を持つ作曲家で、1970-80年代はヨーロッパ・フリー・ジャズ・シーン(Chris McGregor Brotherhood of Breath、Cecil Taylor Unit との共演)で最も精力的なトロンボーン奏者の一人だった。彼が1990年代に沈黙の美学に転回した時、ジャズ・シーンでは驚きをもって迎えられ、彼のトロンボーン演奏はほぼ完全に停止した。彼はいまも楽器を保有しているが、公的演奏ではほとんど音を出さない。
