古典

ジャワガムラン

Javanese Gamelan

中部ジャワ / インドネシア / 東南アジア · 1300年〜

別名: Karawitan

中部ジャワの宮廷で発達した青銅打楽器合奏。緩慢で瞑想的。

どんな音か

鍵盤状に並んだ青銅の金属板(サロン)、つり下げた青銅のゴング群、太鼓(クンダン)、竹製の笛(スリン)、擦弦楽器(ルバーブ)などが重なる合奏音楽だ。テンポは非常に遅く、ひとつの楽節が数分かけてゆっくり展開する。金属の音が重なると、倍音同士が干渉してゆらゆらと揺れる独特のうなりが生じる。これはガムランの楽器が意図的に微妙にずらしてチューニングされているためで、「うなり」そのものが音楽の一部とみなされる。全体の音像は厚くて重く、どこかに沈み込むような感触がある。

生まれた背景

中部ジャワのスラカルタ(ソロ)とジョグジャカルタの宮廷(クラトン)が、独自の様式を競うように発展させてきた。王族の儀礼、影絵芝居(ワヤン・クリ)の伴奏、舞踊劇の地として機能してきた歴史がある。14世紀のマジャパヒト王国からの連続性があると言われるが、現在の形式が定まったのはおおむね18〜19世紀だ。植民地時代にオランダ人研究者が記録し、1970年代以降にアメリカ合衆国やヨーロッパの大学にガムランのアンサンブルが置かれることで、世界的に知られるようになった。

聴きどころ

大ゴング(グン)が鳴るタイミングに注目する。ガムランは大ゴングが一定間隔で鳴ることで楽曲の「区切り」が示される循環構造を持っている。その間に他の楽器が速さの異なるパターンを重ねるため、全体がひとつの立体的な時計のように動く。最初はグンの音だけを追いながら、そこから逆算して他の楽器のリズムを聴くと構造が見えてくる。

発展

20世紀には王宮のガムランが学校教育に取り入れられ、芸術院ISI(インドネシア芸術大学)が継承を担った。カイ・ナルトサブドの新作創作、ローシン・ハリソンら欧米作曲家の探求、海外大学(UCLA・京都市芸大など)の常設ガムラン教育で世界に広まった。

出来事

  • 9世紀: ボロブドゥール・レリーフにガムラン描写。
  • 1755年: ジョグジャカルタ・スラカルタ分裂で宮廷様式分化。
  • 1889年: パリ万博でドビュッシーが初聴。
  • 1971年: 京都市芸大ガムラン教育開始。
  • 2021年: ガムランがユネスコ無形文化遺産代表一覧表に登録。

派生・影響

バリ・スンダのガムラン諸様式、現代インドネシア音楽創作、欧米現代音楽(ドビュッシー・ローシン・ハリソン・スティーヴ・ライヒ)に深く影響を与えた。

音楽的特徴

楽器サロン・デムン・ボナン・ゲンダー・グンボン・ケンダン・スリン・ルバーブ・ゲロン・シンデン

リズムコロトミック構造、ペロッグ・スレンドロ音律、緩〜急の段階展開

代表アーティスト

  • Ki Manteb Soedharsonoインドネシア · 1968年〜2021

代表曲

日本との関係

国内にガムランのアンサンブルを持つ大学や文化センターが複数あり、特に東京・京都・大阪に愛好者グループが存在する。武満徹や一柳慧など日本の現代音楽家がガムランの音響から影響を受けたと言われる。バリ島観光の普及に伴い、ジャワとバリのガムランが混同されることも多い。

初めて聴くなら

キ・マンテブ・スダルソノの『Ladrang Wilujeng』(1990年)は中程度のテンポで、ガムランの構造を追いやすい。音量を少し上げて、部屋に音を広げながら聴くと金属の倍音のうなりが聴こえてくる。

豆知識

ガムランのセットは一組ずつ固有の名前を持ち、職人が音の相性を調整しながら制作する。そのため、あるクラトンのガムランと別のクラトンのガムランは音程が微妙に異なり、楽器を混用できない。アメリカ合衆国の作曲家ルー・ハリソンは20世紀後半にアメリカ合衆国ン・ガムランを製作し、西洋音楽とのハイブリッド作品を多数書いた。

影響・派生で結ばれたジャンル

ジャワガムランを中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

ジャワガムラン の系譜全体図(多段)を見る

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