伝統・民族
クリンタン
Kulintang
ミンダナオ島 / フィリピン / 東南アジア · 1500年〜
フィリピン南部・ミンダナオ島のムスリム系民族が奏でる青銅製鍋琴アンサンブル。東南アジア最古の金属打楽器文化のひとつ。
どんな音か
クリンタンは横一列に並んだ8〜9個の小さな青銅製ゴングを一人の奏者が両手のばちで打ち、そこに大型の吊りゴング(アガン)と両面太鼓(ダブカン)が絡む。ゴングの音は硬質な金属音ではなく、やや鈍くてきらめきのある倍音を持ち、叩くたびに余韻が部屋に広がる。テンポは演奏者が即興的に変化させ、旋律楽器であるクリンタン本体が細かな音型を繰り返しながら少しずつ形を変える。ドラム系の打楽器が底から拍子を支えるが、西洋音楽のような固定拍子ではなく、会話するように伸縮する。音楽全体は催眠的な反復と、その反復を微妙に外す瞬間の緊張感が交互に来る。
生まれた背景
ミンダナオ島南部のマギンダナオ族やマラナオ族が15世紀以前から演奏してきた。この地域はマジャパヒト王国の交易圏に入り、イスラム化が進む以前から金属工芸が発達していたとされる。アンサンブル形式はボルネオ、スラウェシ、ジャワのガムランと遠縁にあるが、音階の体系やリズムの組み方は独自の発展を遂げた。スペイン植民地化(1565年)がミンダナオ南部に及ばなかったため、キリスト教化されず、イスラムの宮廷文化とともにこの音楽は生き延びた。
聴きどころ
クリンタン本体が奏でる短い旋律型(コンポジション)が何周もするうちに少しずつズレていくのを耳で追うと、アンサンブルの構造が見えてくる。大型ゴングが鳴るタイミングは必ずしも等間隔ではない。そのズレが生む「引っ張り感」がこの音楽の醍醐味のひとつ。また金属が重なって鳴る瞬間の倍音のうねりは、録音よりライブや野外演奏で体感すると格別に異なる。
発展
1970年代以降、ダニンドンガン・カラナイ・サンガラ・パラマライ・サンギルらマスターによって舞台化され、ミンダナオ州立大学で教育プログラム化された。米国フィリピン人コミュニティでも盛んで、サンフランシスコ州立大学などで継承される。
出来事
- 中世: 東南アジア島嶼部での青銅打楽器文化の広がり。
- 16世紀: マギンダナオ・スルタン宮廷での発達。
- 1972年: ダニンドンガン・カラナイの舞台化。
- 1989年: フィリピン文化センターでクリンタン全国公演。
- 2000年代: 米フィリピン系コミュニティで継承拡大。
派生・影響
東南アジア青銅打楽器文化(ガムラン・ピンプアット・サインワイン)群との比較対象、米フィリピン系コミュニティの文化アイデンティティの中核。
音楽的特徴
楽器クリンタン(8鍋琴)、アガン、ガンディンガン、ダブダバン、ババンダル
リズムコテカン的交差リズム、独奏即興、東南アジア青銅打楽器音律
日本との関係
日本国内でのクリンタン演奏コミュニティは非常に少なく、民族音楽研究者や打楽器奏者の一部が知るにとどまる。東南アジアの打楽器音楽を扱う民族音楽学の教科書には登場するが、コンサートや音楽祭で取り上げられることはまれ。
初めて聴くなら
収録音源として入手しやすいのは「Maginda クリンタン」のフィールドレコーディング盤。まず大型ゴングが鳴り始めるまでの静寂と、そこへクリンタンが入ってくる瞬間を意識して聴いてほしい。フィリピン文化センター(CCP)が公開しているアーカイブ映像で演奏者の手元を見ながら聴くと、どの音がどの楽器か把握しやすい。
豆知識
「クリンタン」という名前は楽器名であると同時にアンサンブル全体の名称でもある。ゴングの音程は固定されておらず、製作者の腕と素材の厚さで自然に決まる。そのため同じ曲でも一組のクリンタンと別の一組では音色が全く異なり、「このアンサンブルの音」として固有の個性を持つ。
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