フラメンコ・バイレ
フラメンコの踊りの枝。サパテアードの足打ち、腕の描くカーブ、指の折り返しで空間を切る舞踊芸術。
まずはここから
ひとことで言うとフラメンコの踊りの枝。サパテアードの足打ち、腕の描くカーブ、指の折り返しで空間を切る舞踊芸術。
まずはこの曲からAntonio Gades — Farruca (Bodas de Sangre) ▶ YouTube
代表的な人Antonio Gades
どんな音か
バイレはフラメンコの踊りの枝で、木の踵と釘で強化した特別な靴で床を叩くサパテアード(zapateado)、手指の折り返しであるフロレオ(floreo)、そして腕でU字を描くブラセオ(braceo)を骨格にする。舞台上ではカンテ(歌)とトケ(ギター)が踊り手を取り囲むように配置され、踊り手の身振り一つ、視線の切り方一つでギターがコードを切り替え、掛け声「¡Olé!」が全員のタイミングを揃える。パロごとに専用の振付語彙があり、重く暗い soleá は女性ソロの絶頂として、farruca は男性の力強い足打ちの見せ場として、tangos は跳ねる祝祭として、bulería は群舞になり得る即興として、それぞれ違う温度を持つ。escobilla と呼ばれる足打ちだけの独奏部が曲の中盤に置かれ、そこで歌もギターも一時停止して踊り手一人の靴音だけが鳴る「間」が最大の見せ場だ。
聴きどころ
録音より映像でこそ本領を発揮するジャンルなので、YouTube でイスラエル・ガルバンかサラ・バラスの舞台映像を1本通して観てほしい。まずサパテアードのアクセント配置に注目。「タタッ・ター・タ・タタッ」と、12拍のコンパスの弱拍にだけ音を置いて強拍を無音にする瞬間があり、それが「compás を裏返す」技法だ。次に llamada(呼び出し) と cierre(閉じ)の身振りで、踊り手が右腕を上げてピタッと止まる瞬間、ギターと歌が同時にコードを解決する。この「同時解決」のタイミングが揃った瞬間が観客に「¡Olé!」を言わせる。イスラエル・ガルバンの『La edad de oro』(2005) は伝統コンパスを敢えて破壊して沈黙と身振りだけで一場面を作る前衛作品で、フラメンコ・バイレが同時代舞踊であることの証明だ。サラ・バラスの『Sueños』は逆に伝統フォームを保ちつつ舞台照明とストリングスを加えた「大劇場のバイレ」の代表例。
初めて聴くなら
映像で観るジャンルなので、まずカルロス・サウラ監督+アントニオ・ガデス出演『血の婚礼』(1981) を1本通して観てほしい。舞台のリハーサル風景を映像化した稀有な作品で、バイレの「作られ方」が見える。次にサラ・バラス『Sueños』(2009 舞台、DVD化) で現代の商業バイレの完成形を、イスラエル・ガルバン『La edad de oro』(2005) で前衛バイレの極点を確認できる。もし来日公演があれば、CDや DVD より生を観るのが圧倒的に正しい。生ならサパテアードの床の振動が体に届き、掛け声のタイミングが分かるからだ。東京 Bunkamura オーチャードホール、大阪シアタードラマシティが定番。
代表アーティスト
- Antonio Gades
- Sara Baras
- Farruquito
もっと見る(あと2件)
- Israel Galván
- Rocío Molina
代表曲
- Antonio Gades — Farruca (Bodas de Sangre) (1981)
- Israel Galván — La edad de oro (2005)
生まれた背景
バイレの起点はカフェ・カンタンテ時代の19世紀末で、当時の花形はラ・アルヘンティーナ(1888-1936)、ラ・アルヘンティニータ(1898-1945)姉妹といった女性バイラオーラだった。1920-40年代にはカルメン・アマヤ(1913-63、バルセロナのヒターナ)が「男の踊り」とされてきたサパテアードを女性の身体で塗り替え、アメリカ合衆国MGMのハリウッド映画にも出演した。
音楽的特徴の詳細
楽器サパテアード(踵打ち)、パルマ(手拍子)、カスタネット(古典派のみ)、伴奏としてフラメンコ・ギター・カンテ・カホン
リズム12拍のコンパス上のアクセント配置、escobilla(足打ちの独奏部)、llamada(次の展開を呼び出す身振り)
発展
1990年代以降はサラ・バラス(1971-、カディス生)が女性バイラオーラの新世代の顔となり、自身の舞踊団を率いて『Sueños』(2009)『Voces』(2015)などの大型舞台作品で東京・パリ・ニューヨークをツアーした。同世代のファルキート(1982-、セビーリャのファルーコ家嫡孫)は伝統派の頂点として国際的名声を得、イスラエル・ガルバン(1973-、セビーリャ)は逆に前衛芸術としてのバイレを追求、2005年『La edad de oro』でコンテンポラリー・ダンス側からも高評価を受けた。ロシオ・モリーナ(1984-、マラガ)は2022年に権威あるヴェネツィア・ビエンナーレ舞踊部門で金獅子賞を受賞し、バイレが同時代の舞台芸術として通用することを示した。
出来事
- 1913: カルメン・アマヤ、バルセロナ生
- 1963: カルメン・アマヤ死去、追悼公演
- 1981-86: アントニオ・ガデス、カルロス・サウラ三部作
- 2005: イスラエル・ガルバン『La edad de oro』
- 2009: サラ・バラス『Sueños』
- 2010: UNESCO無形文化遺産登録
- 2022: ロシオ・モリーナ、ヴェネツィア・ビエンナーレ舞踊部門金獅子賞
派生・影響
スペインのクラシック・バレエ(バレエ・エスパニョール)、そしてサウラ映画以降の映像作品としての舞踊、コンテンポラリー・ダンスに拡張。
その後の代表曲
- Farruquito — Improvisao (2018)
- Sara Baras — Sueños (2009)
- Rocío Molina — Danzaora (2013)
日本との関係
日本のフラメンコ・バイレ受容は世界最大級で、東京・大阪・京都・名古屋・福岡に数十のフラメンコ舞踊教室が常設されている。小松原庸子(1931-2019、日本初のプロのフラメンコ舞踊家)、鍵田真由美(現役、東京)、佐藤浩希(スペイン在住の日本人バイラオール)らが世代を代表する。1979年に始まった「日本フラメンコ協会新人公演」は毎年数百組が応募する国内最大級のイベントだ。サラ・バラス、アントニオ・カナーレスらは1990年代以降ほぼ毎年来日、東京Bunkamuraオーチャードホールと大阪シアタードラマシティが定番の会場になっている。日本人バイラオーラがスペインの Fundación Cristina Heeren(セビーリャ)やAmor de Dios(マドリード)に長期留学するルートも定着しており、日本のプロ・バイラオーラ数百人がスペイン系の血縁を持たずに舞台に立っている。
豆知識
バイラオーラの舞台衣装「バタ・デ・コーラ(bata de cola)」は裾に長いトレーンの付いたドレスで、踊り手はこれを足の動きで華麗にさばく技巧を持つ。制作費は50-100万円級の一点物で、スペインのセビーリャ・マドリードの特別注文が主流だ。
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ファルキートの本名は Juan Manuel Fernández Montoya、祖父ファルーコ(Farruco、1935-97)から数えてバイラオール4代目のヒターノ家系で、幼少時からステージに立った。2003年に交通事故で歩行者1名が死亡、彼はひき逃げ罪で2007年に収監、2010年釈放後の復帰公演が2018年『Improvisao』の背景の一つになっている。ロシオ・モリーナは2010年に自身のカンパニーを設立、2022年ヴェネツィア・ビエンナーレ舞踊部門で金獅子賞を受賞、フラメンコ・バイラオーラとしては史上初の受賞となった。
影響・派生で結ばれたジャンル
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感触が近い系譜も地域も違うのに、聴くと通じるジャンル
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