ハイパーポップ前史 — PC Music から100 gecs まで
10年間の「やりすぎ」が、なぜ2020年に主流になったのか
ポップエレクトロニックヒップホップ・R&B
「ハイパーポップ」という名前は、誰がつけたのか
ハイパーポップ、と聞いて何を思い浮かべるだろう。甘く、過剰で、ピッチアップされた声、機械的な硬いベース、ピンクと水色の世界観。
だが、「ハイパーポップ」という呼び名は、実は Spotify の編集者が2019年につけた1つのプレイリスト名でしかない。100 gecs というデュオの曲をきっかけに、編集者がこのジャンル名を使い始めた。
それまでこの音響は、何と呼ばれていたか? それを理解するには、2013年のロンドンに戻る必要がある。
PC Music、A. G. Cook、SOPHIE
2013年、A. G. Cook という21歳のロンドンのプロデューサーが、バブルガム・ベース というレーベルを立ち上げた。レーベルからの音は、見たことのない種類のポップだった — 過剰なほど整って、過剰なほど甘い、機械的なポップ。
同じ周辺で活動していたのが、SOPHIE という匿名プロデューサー(後に活動名を本名として明かした)。彼女の音は、金属的でゴム的で、それまでのポップ音楽の文法を壊した。
下のトラックは、バブルガム・ベース サウンドの完成形のひとつ。Charli XCX が バブルガム・ベース 周辺と組んで作った『Vroom Vroom』(2016)。これが「ポップ」だと当時誰も信じなかった。だが、2024年にチャート1位になった『brat』の音響的な祖先は、ここにある。
2019年、100 gecs が壁を壊す
2019年、Dylan Brady と Laura Les というアメリカ合衆国の2人組「100 gecs」が、『1000 gecs』というアルバムを発表する。10曲23分、バブルガム・ベース の甘さに、エモ、スカ、ニュー・メタルの破片を投げ込んだ作品だった。
このアルバムを聴いた Spotify 編集者がプレイリストを「ハイパーポップ」と命名。同じ時期、glaive、ericdoa、midwxst といったZ世代のラッパー兼プロデューサーが SoundCloud から「digicore」と呼ばれる派生形を生んだ。
下のトラックは100 gecs の代表曲。30秒も聴けば、これがそれまでのポップとは別の生き物だと分かる。
メインストリームになった「やりすぎ」
2024年、Charli XCX が『brat』をリリースし、世界中の夏は「brat summer」になった。10年前なら「過剰すぎる」と無視されたサウンドが、いまではメインストリームのポップそのものになっている。
ハイパーポップ以後、ポップは「過剰さ」を恐れなくなった。これはちょっとした革命だった。「整っていて、控えめに甘い」というポップの美学は、10年かけて静かに、しかし完全に書き換えられた。
