ヨルング・マニカイ
北部アーネムランドのヨルング諸族が数万年継承する氏族の歌。イディジェリドゥとクラップスティックによる儀礼歌。
どんな音か
生まれた背景
聴きどころ
まずyidakiの循環呼吸に耳を澄ませてほしい。奏者は鼻から息を吸いながら口に貯めた空気を吐き出し続け、途切れない持続音を作る。その持続音の上に、舌と喉で「トゥ、トゥ、トゥ」というアクセント音を刻む重層構造だ。次に旋律で、ヨルングの歌は西洋耳が期待する「メロディ」ではなく、3〜5音の限定音階を、詩の脚韻と息継ぎに合わせて伸縮させる朗詠に近い。Djakapurra Munyarryunの『Ochres』(1994、Bangarra Dance Theatre)は、この様式を舞台芸術に翻案した最も明快な入り口だ。
発展
20世紀後半にはAIATSIS(オーストラリア先住民研究所)と民族音楽学者Alan Marett、Peter Toner、Aaron Corn らによる系統的録音とアーカイブ化が進み、1990-2010年代にはヨルングの若い世代がロック/ラップとマニカイを接続する道が開かれた。決定打は1991年のYothu Yindi『Treaty』で、これはRirratjingu/Gumatj氏族のマニカイ旋律とロック編成を融合させ、先住民和解運動の象徴曲となった。2010年代以降はGeoffrey Gurrumul YunupinguがGumatj氏族のマニカイをアコースティック・ソウルに翻案、Baker Boyがヨルング語ラップで世代を代弁した。
出来事
- 1935-2022: Djalu Gurruwiwiの活動期
- 1991: Yothu Yindi『Treaty』
- 1999: Garma Festival初開催
- 2008: Gurrumul『Gurrumul』国際的成功
- 2019: Daniel Wilfred / AAO『Ruwe Ngadluku』
派生・影響
オーストラリア先住民音楽(australian-aboriginal)の地方原型。Aboriginal Rockの直接の親。近年はDaniel WilfredがPaul Grabowsky/Australian Art Orchestraと現代ジャズに翻案する試みも継続。
音楽的特徴
楽器yidaki(イディジェリドゥ、円筒木管)、bilma(クラップスティック、硬木2本)、リード歌手+集団応答、時に足踏み
リズム自由リズム、yidakiの循環呼吸ドローンと打音アクセント、3〜5音の限定音階、氏族固有の歌型
代表アーティスト
- Djalu Gurruwiwi
- Djakapurra Munyarryun
- Trevor Wanambi
- Daniel Wilfred
代表曲
Ochres: Yellow — Djakapurra Munyarryun (1994)
Yidaki — Djalu Gurruwiwi (2003)
Rrurrambu — Trevor Wanambi (2005)
その後の代表曲
Djuwalpada — Daniel Wilfred (2019)
日本との関係
日本での認知は限定的だ。イディジェリドゥ楽器としての知名度は1990年代以降のワールドミュージック・ブームで一定の広がりを持ったが、それが「ヨルング諸族の氏族的儀礼歌」であることまで届いた例は稀だ。国内にはGOMA(1973-)などのイディジェリドゥ奏者が存在するが、彼らは楽器としての循環呼吸奏法を継承しつつも、ヨルング氏族のマニカイ体系そのものを扱っているわけではない。Yothu Yindi『Treaty』(1991)経由でこの伝統の存在を知る若い聴衆が増えつつある段階だ。
初めて聴くなら
最初はDjalu Gurruwiwiの『Yidaki』(2003、彼のドキュメンタリー『Djalu: A Portrait of a Master Didjeridu Player』関連録音)で、yidakiという楽器の全貌が体感できる。次にDjakapurra Munyarryunが声楽を担当したBangarra Dance Theatre『Ochres』(1994)、伝統的な氏族歌唱を現代舞踊の文脈で聴ける入り口だ。最新世代を知りたければDaniel Wilfred / オーストラリアn Art Orchestra『Ruwe Ngadluku』(2019)、Paul Grabowskyが編曲したマニカイと現代ジャズの融合が聴ける。
豆知識
「manikay」はヨルング諸語で「歌」を意味し、狭義には氏族の公開可能な歌を指す。より秘匿性の高い儀礼歌はwaŋga、djatpangaɽɽi、madayinなど別の階層で扱われ、外部者は録音を許されないことが多い。yidakiはヨルング諸語での正式呼称で、「didgeridoo」は外部からの俗称に近い。楽器はストリンギバーク(ユーカリの一種)の枝が白蟻に食い荒らされて空洞化したものを切り出して作る。Djalu Gurruwiwiは自身のyidakiが世界中の演奏家に届いた楽器製作の巨匠として、2022年に87歳で亡くなるまで氏族の伝承を息子Larry Winiluwuiに引き継いだ。
