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ロック・メタル

アボリジニ・ロック

Aboriginal Rock / Indigenous Australian

オーストラリア / オセアニア · 1980年〜

豪先住民アボリジニのバンド/シンガー。Yothu Yindi、Geoffrey Gurrumul Yunupingu、Baker Boyら。

まずはここから

ひとことで言うと豪先住民アボリジニのバンド/シンガー。Yothu Yindi、Geoffrey Gurrumul Yunupingu、Baker Boyら。

まずはこの曲からWarumpi BandBlackfella/Whitefella ▶ YouTube

代表的な人Warumpi Band

どんな音か

アボリジニ・ロックは、1980年代以降、豪州先住民のミュージシャンが伝統的な音楽要素(ディジュリドゥ、Yolŋu Mathaやその他先住民語による歌唱、マニカイの朗誦様式)をロックフォークヒップホップに融合させた音楽の総体だ。核心にあるのはヨトゥ・インディ(1986結成、ノーザン・テリトリー州アーネムランド)、Warumpi Band(1980結成、パプニャ)、No Fixed Address(1979結成、アデレード)といったバンドで、いずれも先住民と非先住民のメンバー混成、伝統楽器とエレキ・ギターの併用が特徴だった。編成は5-8人組が典型で、ディジュリドゥ奏者、クラップスティック奏者、電気楽器奏者、複数のボーカルが同時にステージに立つ。

聴きどころ

ヨトゥ・インディ『Treaty』を聴くと、マンダウィ・ヤヌプングのYolŋu Matha歌唱と英語ラップが4/4のロック・ビートと交互に鳴っているのがわかる。歌詞は「You promised us treaty / And now the world is watching」で、Bob Hawke首相への直接の呼びかけになっている。Warumpi Band『Blackfella/Whitefella』はスタンダードなパブロックの4/4ビートに、先住民と白人の共存を訴える平易な英語詞が乗る「歌える政治歌」の完成形だ。Archie Roach『Took the Children Away』(1990)は、盗まれた世代の記憶をアコースティック・ギターと語り歌唱で刻んだ、オーストラリアの集合的トラウマの決定的な音楽記録だ。

初めて聴くなら

入り口はヨトゥ・インディ『Treaty』(1991)、豪州先住民ロックの決定的アンセム。次にWarumpi Band『Blackfella/Whitefella』(1985)、共存を歌う平易な政治歌。Archie Roach『Took the Children Away』(1990)は盗まれた世代の記憶を刻んだ静かな傑作だ。Geoffrey Gurrumul『Wiyathul』(2008)、Baker Boy『Marryuna』(2017)を続けて聴くと、伝統歌唱→ロック→バラード→ラップとアボリジニ音楽の世代を体感できる。夜、あるいは朝、集中して聴くのが向いている。

代表アーティスト

  • Warumpi Bandオーストラリア · 1980年〜2007
  • Yothu Yindiオーストラリア · 1986年〜2013
  • Geoffrey Gurrumul Yunupinguオーストラリア · 1989年〜2017
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  • Archie Roachオーストラリア · 1990年〜2022
  • Baker Boyオーストラリア · 2017年〜
  • Miieshaオーストラリア · 2019年〜
  • Barkaaオーストラリア · 2020年〜

代表曲

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生まれた背景

決定打は1980年北ノーザン・テリトリー州パプニャで結成されたWarumpi Bandで、ネイル・マレー(Yolŋu人ではなくラック島出身)ら中心で、彼らはアウトバックを4WDトラックで数千キロ移動しながら遠隔先住民コミュニティで演奏する「アウトバック・ツアー」を敢行した。1985年『Blackfella/Whitefella』は先住民と非先住民の共存を歌い、豪州全土で歌われた。

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同時期の1979年アデレード結成のNo Fixed Addressは先住民の権利を直接主題化した最初のバンドで、映画『Wrong Side of the Road』(1981)でその活動が記録された。1986年結成のヨトゥ・インディが1991年『Treaty』で決定的な世界的認知を得た。

その後の代表曲

日本との関係

ヨトゥ・インディは1994年NHKの『トップランナー』出演と、2000年シドニー五輪開会式の大規模な先住民パフォーマンスで日本のテレビ視聴者に決定的に紹介された。日本アイヌ音楽(OKI DUB AINU BAND、Marewrew、Kapiw & Apappo)と土地権・言語復権の面で構造的に似ており、両者の交流イベントもたびたび開催されている。Baker Boyの2019年フジロック出演は、日本ヒップホップ好き層に先住民ラップを届けた出来事だった。

豆知識

ヨトゥ・インディの中心人物マンダウィ・ヤヌプング(1956-2013)は、Yolŋu人のGumatj氏族出身で、Batchelor College(北ノーザン・テリトリー州のTAFE)の校長も務めた教育者・音楽家・政治家だった。彼は2013年6月2日、Yolŋu語話者コミュニティで唯一の存命の伝統的知識を持つ世代の一人として、遠隔集落Djarrakpiで死去した(享年56歳)。

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Warumpi Bandのネイル・マレー(バンド解散後もソロで活動)は、豪州音楽産業ARIAで『My Island Home』(彼らのバンド曲、1987)が2001年の国民的アンセム調査で20位に入るなど、非先住民の間でも歌い継がれている。

影響・派生で結ばれたジャンル

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感触が近い系譜も地域も違うのに、聴くと通じるジャンル

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