ロック・メタル

アボリジニ・ロック

Aboriginal Rock / Indigenous Australian

オーストラリア / オセアニア · 1980年〜

豪先住民アボリジニのバンド/シンガー。Yothu Yindi、Geoffrey Gurrumul Yunupingu、Baker Boyら。

どんな音か

豪先住民アボリジニ/トレス海峡諸島民のミュージシャンによる現代ロックフォークヒップホップの総称。テンポ・編成は様々だが、共通項はディジュリドゥ(ユーカリの幹から作る低音管楽器、循環呼吸で連続音を出す)の独特な「ブーン」というドローン、地に響く打楽器、英語+アボリジニ諸語(Yolngu、Pitjantjatjara、Bundjalung等)の混在歌詞。サウンドの背骨はディジュリドゥの倍音と歌のメリスマで、聴いた瞬間に「大陸の音」だと分かる。ロック編成でもベースより先にドローンが土台を作るのが指紋。

生まれた背景

1970年代の先住民権利運動とともに、伝統的なソング・ライン(土地の物語を歌で継承する文化)を現代の楽器で蘇らせる試みが始まった。1971年のNo Fixed Address、80年代のWarumpi Bandが先駆け、1991年のYothu Yindi『Treaty』が世界的にブレイク。歌詞は1788年のイギリスによる先住民の土地接収への抗議で、「条約を結べ」と政府に迫った。2008年のラッド首相による先住民への公式謝罪を経て、近年はBaker BoyのYolngu語ラップ、Thelma Plumのインディーフォークなど、若い世代が自分の言語で自然に音楽を作るシーンが豊かに育っている。

聴きどころ

ディジュリドゥの倍音に耳を傾けてほしい。循環呼吸(息を吸いながら頬の空気で吹き続ける)で生まれる「ブーン」の上に、奏者の喉でディンゴ(豪先住の野犬)や鳥の鳴き真似が乗ることがある。これは伝統的なソング・ライン技法で、現代の録音でも残されている。歌唱では、Yolngu語の鼻に抜ける高音やメリスマ、英語フレーズへの切り替えに注目。Yothu Yindi『Treaty』の冒頭、ディジュリドゥだけのイントロからバンドが入ってくる瞬間、これがアボリジニ・ロックの核心だ。

代表アーティスト

  • Yothu Yindiオーストラリア · 1986年〜2013
  • Geoffrey Gurrumul Yunupinguオーストラリア · 1989年〜2017
  • Baker Boyオーストラリア · 2017年〜

代表曲

日本との関係

日本では2000年のシドニー五輪閉会式で、Midnight OilがYothu Yindiと共演しシャツに「SORRY」と書いて先住民への謝罪を訴えた場面が放送され、多くの日本人が初めてアボリジニ音楽の存在を知った。ディジュリドゥは1990年代以降、日本でもワールドミュージック愛好家・アウトドア文化の中で楽器としても普及し、教則本が複数出版されている。Geoffrey Gurrumul Yunupingu(盲目のYolngu語シンガー)は2008年の坂本龍一・大友良英らによる紹介で日本のリスナーに届いた。

初めて聴くなら

最初の一曲はYothu Yindi『Treaty』(1991)。ディジュリドゥとロックバンドの結合の完成形で、英語とYolngu語の交代も明快に聴き取れる。続いてGeoffrey Gurrumul Yunupingu『Wiyathul』、こちらは静かなアコースティック・バラードで彼の声が直接届く。新世代を聴きたいならBaker Boy『Cool As Hell』、Yolngu語ラップの軽やかな自信がある。週末の朝、窓を開けて流すと部屋が一気に大陸の風になる。

豆知識

Yothu Yindi は1992年にARIA Award(豪のグラミー)で複数部門を受賞、先住民バンドとしてオーストラリア音楽史上最大の成功例になった。バンド名はYolngu語で「子と母」を意味し、二つの氏族の関係性を表す。リーダーのMandawuy Yunupinguは2013年に亡くなったが、彼の甥でラッパーのBaker Boyが後を継ぐ形で活躍している。ディジュリドゥは伝統的に男性のみが演奏する楽器で、観光地で女性が吹くことには現地の長老から異論がある、というデリケートな文化的背景もある。

影響・派生で結ばれたジャンル

ジャンル関係図1940年代1960年代1980年代アボリジニ・ロックアボリジニ・ロックフォークフォークロックロック凡例派生影響同系統
凡例
派生影響同系統
アボリジニ・ロックを中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

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