イリアン・パイプ音楽
腕の下のふいごで空気を送るアイルランドの室内用バグパイプによる独奏伝統。
どんな音か
イリアン・パイプス(uilleann pipes、「肘のパイプ」の意)は、口で吹くのではなく右肘の下のふいごで空気を送り込むアイルランド固有のバグパイプで、屋内で座って演奏される室内楽器だ。最大の特徴はチャンター(旋律管)を膝で塞ぐことができ、音を完全に途切れさせられる点で、これがスコットランドのハイランド・パイプの連続音とは対照的な、複雑な装飾(cuts、rolls、cranns)の発達を可能にした。ドローンは3本、レギュレーターと呼ばれる和音管が3本あり、独奏でありながらメロディ、ドローン、和音が同時に鳴る立体的な音楽になる。
生まれた背景
聴きどころ
まずレギュレーター(和音管)の使い方に耳を澄ませてほしい。奏者は膝でチャンターを塞ぐ動作と、レギュレーター・キーを叩く動作を組み合わせて、独奏中に一瞬だけ和音を挟む。これが他のバグパイプにはない立体感の源だ。次にチャンターの音域で、イリアン・パイプは2オクターブ出せる(ハイランド・パイプは9音のみ)ため、旋律の跳躍が大きい。Liam O'Flynnの『The Given Note』(シェイマス・ヒーニーの詩を原案とする)は、スロー・エア(自由リズムの緩やかな曲)の完成形として、ドローンの上で旋律が漂う感覚を最も明快に伝える。
発展
1968年のNa Píobairí Uilleann(イリアン・パイプ協会)創設が転機で、ウィリー・クランシー、レオ・ロースキー、シェイマス・エニスといった巨匠の録音アーカイブが体系的に整備された。1970年代のリアム・オ=フリン(Planxty)、パディ・キーナン(Bothy Band)、続くジョン・マキューズカーやデイヴィー・スピラーンがロックやジャズと共演することで、この楽器はアイルランドの音の代名詞になった。
出来事
- 1968: Na Píobairí Uilleann創設
- 1972: Liam O'Flynn、Planxty結成
- 1973: Paddy Keenan、Bothy Band結成
- 2017: UNESCO無形文化遺産登録
派生・影響
アイリッシュ=トラッド全体の器楽的中核。映画『マイケル・コリンズ』や『タイタニック』のサントラで世界の耳に届いた。
音楽的特徴
楽器イリアン・パイプス(ふいご、チャンター、3本のドローン、3本のレギュレーター)
リズムスロー・エア(自由リズム)、リール(4/4)、ジグ(6/8)、ホーンパイプ(4/4)
代表アーティスト
- Willie Clancy
- Liam O'Flynn
- Paddy Keenan
代表曲・古典
The Fox Chase — Willie Clancy (1959)
The Blackbird — Willie Clancy (1962)
The Bucks of Oranmore — Paddy Keenan (1975)
Port na bPúcaí — Liam O'Flynn (1988)
The Given Note — Liam O'Flynn (1995)
日本との関係
初めて聴くなら
最初はLiam O'Flynnの『The Given Note』(1995)。詩人シェイマス・ヒーニーの詩からインスピレーションを得た組曲で、スロー・エアと速いジグ/リールが対比される。次にPaddy Keenanの『Paddy Keenan』(1975)、Bothy Bandに参加する直前のソロ盤で、彼の異例の速さと躍動感が体感できる。伝統派を聴きたければWillie Clancyの『The Pipering of Willie Clancy』(死後編集)を推す。イヤホンよりスピーカーで、夜、明かりを落とした部屋で鳴らすと、ドローンの唸りが体に響いて楽器の全貌が見えてくる。
豆知識
イリアン・パイプは2017年にUNESCOの無形文化遺産に登録された。楽器製作の第一人者はロブ・アイアンズ(米ボストン)とスチュアート・オコナー(スコットランド)の二人で、完成品の待機リストはどちらも10年以上、フル装備で1万ユーロ前後という状態が続いている。ウィリー・クランシーは職業パイパーではなくカーペンター(大工)として生涯を送り、地元クレア州ミルタウン=マルベイで週末だけ演奏した。彼の死後、1973年から毎年開催されるSummer School of Traditional Musicは世界中から数千人の生徒を集め、シャン=ノースからボタン・アコーディオンまで全ジャンルを教える伝統音楽の総本山になっている。
