古典

タラブ

Tarab

エジプト / 中東 · 1900年〜

20世紀前半のカイロで花開いた、長大な即興と感情の高揚を軸にするアラブ音楽の様式。聴衆が「タラブ状態」と呼ばれる恍惚に達することを演奏の目的とする。

どんな音か

オーケストラ編成にアラブの弦楽器「カーヌーン」「ウード」「カマンジャー」が混ざり、西洋のヴァイオリン群と並んで演奏する形が20世紀のカイロで標準化した。曲は短くて30分、Umm Kulthūmのコンサートでは1曲が90分を超えることもあった。歌い手は詩の一行を何度も反復しながら、そのたびにフレーズを装飾し、音の上下の幅を広げていく。観客はそれを静かに聴くのではなく、感動の頂点に達したと感じた瞬間に「アッラー!」「ヤー・レーリー!」と声を上げる。このインタラクションが演奏の緊張を高め、歌い手はさらに旋律を膨らませる。アラビア語で「タラブ」とは聴き手が音楽によって魂を揺さぶられる状態そのものを指す。

生まれた背景

19世紀末から20世紀初頭のカイロには、オスマン帝国文化圏の音楽とヨーロッパの楽器・和声理論が流入し始めていた。1920年代以降のレコード産業の発展とラジオ放送がエジプト・アラブの大衆音楽市場を形成し、Umm KulthūmやMohammed Abdel Wahab、Abdel Halim Hafezといった歌手・作曲家が汎アラブ的なスターとなった。1952年のエジプト革命後もUmm Kulthūmはナセル政権と蜜月関係にあり、彼女のコンサートや放送はアラブ世界全体に届いた。1973年の第四次中東戦争後の慈善コンサートでは、チケットの収益がエジプト軍への支援に充てられた。

聴きどころ

Umm Kulthūmの「Enta Omri」(1964年ライブ)で、同じ詩句が繰り返されるたびに声のダイナミクスとメリスマ(1音節に多くの音符を充てる歌い方)がどう変化するかを追うとよい。観客の声援がどのタイミングで入るかも、演奏の「盛り上がりの地図」として機能している。

代表アーティスト

  • Mohammed Abdel Wahabエジプト · 1920年〜1991
  • Umm Kulthumエジプト · 1923年〜1975
  • Fairuzレバノン · 1950年〜
  • Abdel Halim Hafezエジプト · 1953年〜1977

代表曲

日本との関係

日本ではアラブ音楽全般の知名度が低く、Umm Kulthūmを名前として知っている人は限られる。中東音楽の研究者やワールドミュージックファンの間では語られるが、一般に流通しているとは言いがたい。ただし、映画「ベリーダンス」文化を通じてアラブ音楽の響きに触れる人は少数いる。

初めて聴くなら

Umm Kulthūmの「Enta Omri」(1964年ライブ版)から入るのが王道。最初の10分は序奏と即興的な前奏が続くが、そこを通り抜けるとタラブの核心に触れられる。短い曲から入りたければAbdel Halim Hafezの「Ahwak」(1957年)はより凝縮されており、アラブポップタラブの境界線上にある。

豆知識

Umm Kulthūmは月に一度木曜日の夜にカイロでコンサートを開いたが、その夜はカイロの水道使用量が急減したという記録がある。人々がコンサートのラジオ中継に聴き入るあまり、家事を止めてしまったからだと言われる。彼女の声はAM波で北アフリカから中東全域に届き、イラクやサウジアラビアの家庭でもその夜はラジオの前に家族が集まったと伝えられる。

影響・派生で結ばれたジャンル

タラブを中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

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エジプト · 1900年前後 (±25年)

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