伝統・民族

タヒチ音楽

Tahitian Music

タヒチ・パペーテ / フランス / オセアニア · 1500年〜

別名: Polynesian Music

フランス領ポリネシアのタヒチ島で発達した、踊りと太鼓の音楽。

どんな音か

大型の両面太鼓「pahu」と、丸太をくり抜いた木製打楽器「to'ere」が音楽の骨格を作る。to'ereは素早く連続してたたかれ、高い乾いた音が速いリズムパターンを刻む。pahu はより低く重い打音で下から支える。その上に「himene」と呼ばれる声楽が乗り、ポリフォニー(多声)で歌われることが多い。ダンスとは切り離せない関係にあり、なかでも「'ote'a」は腰と手の動きで物語を語る女性の群舞で、そのリズムを叩き出すためにto'ereが演奏される。現代のタヒチ音楽にはウクレレやギターも加わり、ハワイ・フランス・ポリネシアの要素が混ざったポップスも存在する。

生まれた背景

タヒチを含むフランス領ポリネシアには、ポリネシア人の航海民族が太平洋を渡って定住した古代からの音楽伝統がある。19世紀のフランス植民地化とキリスト教布教によって在来の祭礼音楽の一部は抑圧されたが、20世紀後半の文化復興運動のなかで「Heiva」祭典が整備され、ダンスと太鼓の競演が毎年7月の重要な年中行事として復活した。Te Vakaはニュージーランドを拠点にしながらタヒチを含むポリネシアの音楽を現代的なバンド形式で世界に届けた存在として知られる。

聴きどころ

to'ereの速い打音がいくつかのリズムパターンを組み合わせていることに注目するとよい。同じ周期でたたき続けているように聴こえても、実は2〜3人のto'ere奏者がずれたパターンを重ねていることがある。ダンスの映像とあわせて聴くと、音のアクセントが踊り手の腰の動きと連動していることが見えてくる。

発展

1956年から始まったヘイヴァ・イ・タヒチ・フェスティバル(7月のタヒチ国民祭)で各村のチーム(タマリイ)が競演し、舞踊・歌・太鼓技術が高度化した。20世紀後半にはボラ・ボラの伝統的グループが世界ツアーを行った。

出来事

  • 1797年: ロンドン宣教協会到来。
  • 1842年: フランス保護領化。
  • 1956年: ヘイヴァ・イ・タヒチ・フェスティバル制度化。
  • 1995年: 仏核実験再開反対運動でタヒチ音楽国際注目。
  • 2014年: ヘイヴァのユネスコ登録議論。

派生・影響

ハワイのフラ・パフ・ドラムへの影響、ポリネシア太鼓技術の中核、フランス領ポリネシア独立運動の文化的支柱として機能する。

音楽的特徴

楽器トエレ、パフ、パフ・トゥパイ、ウクレレ、ギター、声

リズムオテア(舞踊)用の激しい太鼓ポリリズム、ヒメネの4声合唱、迅速なテンポ変化

代表アーティスト

  • Te Vakaニュージーランド · 1995年〜

代表曲

日本との関係

タヒチアンダンスは日本で2000年代以降にフィットネスダンスとして広まり、スクールが全国各地に存在する。そのため踊る側からタヒチの音楽に触れる人は少なくない。音楽単独としては一般的な知名度は低いが、タヒチアンダンスのレッスン音源として流通している曲は多い。

初めて聴くなら

Te Vakaの「Otea Drum」(2004年)からが聴きやすい。to'ereとpahuのリズムがはっきり聴こえ、踊りとの関係が想像しやすい。昼間に音量を上げて聴くと、太鼓の乾いた音が部屋に満ちる。

豆知識

タヒチのto'ereはもともと戦時の合図や儀式の呼び出しに使われた楽器だったとされる。現在は競技ダンス「'ote'a」の伴奏に特化した形で発展しており、Heiva祭典の太鼓グループ(「himene tarava」)は毎年審査員の採点を受けて競い合う。優勝グループの奏者たちは次の年まで地域コミュニティで称えられ続ける。

影響・派生で結ばれたジャンル

ジャンル関係図500年代1500年代1860年代タヒチ音楽タヒチ音楽メレメレラカラカラカラカ凡例派生影響同系統
凡例
派生影響同系統
タヒチ音楽を中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

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同じ時期・同じ地域で生まれた他のジャンル

フランス · 1500年前後 (±25年)

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