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ポップ

ソビエト大衆歌

Soviet Mass Song

モスクワ / ソ連 / 東ヨーロッパ · 1930年〜

別名: Массовая песня / Soviet mass song / ソ連大衆歌

国家が後押しした、ソ連の明るく行進的な大衆歌謡。

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ひとことで言うと国家が後押しした、ソ連の明るく行進的な大衆歌謡。

まずはこの曲からRed Army ChoirSacred War ▶ YouTube

代表的な人Leonid Utyosov

どんな音か

ソヴィエト大衆歌(マッソヴァヤ・ペースニャ)は、覚えやすい長調の旋律と力強い行進調を基本に、独唱と大合唱が交互に重なる愛国歌謡だ。多くは明るく前向きだが、大祖国戦争(独ソ戦、1941-45)期の戦時歌には短調の深い抒情を湛えた名曲が混じる。吹奏楽や軍楽隊、男声合唱の厚い響きが「国家が歌っている」という感触を生み、赤軍合唱団(アレクサンドロフ・アンサンブル)がその決定版だ。イサーク・ドゥナエフスキー、マトヴェイ・ブランテル、アレクサンドル・アレクサンドロフら国家お抱え作曲家がラジオ・映画向けに量産し、それらが半世紀以上ソ連文化の顔になった。

聴きどころ

『暗い夜』のマルク・ベルネスの語りかけるような柔らかい歌唱に、まず耳を澄ませてほしい。彼は歌い上げるのではなく、塹壕で妻に手紙を書く兵士の内心を朗読するように歌う。この抑制がこの曲を単なる戦時プロパガンダから救い、戦後80年経っても愛唱される名曲にした。対極が赤軍合唱団『聖なる戦い』の勇壮な男声合唱で、100人以上のバス・バリトンが同じフレーズを叩きつけるように歌う圧に、この時期のソ連国家が求めた「壮大な悲劇性」が音になっている。カチューシャ・シュルジェンコの『青いプラトーク』は女性歌手の独唱で、恋人の帰りを待つ女性を演じる。この3曲の対比で戦時大衆歌の幅がわかる。

初めて聴くなら

マルク・ベルネスが歌う『暗い夜(Tyomnaya Noch)』(1943)が入口に最適で、戦時歌の抒情がよく分かる。勇壮な側面を知るなら赤軍合唱団の『聖なる戦い(Sacred War)』(1941)を。カチューシャ・シュルジェンコ『青いプラトーク(Sinii Platochek)』(1942)は女性独唱の代表。そして『カチューシャ』(1938、ブランテル作曲、多くの演奏あり)は今も5月9日の戦勝記念日にロシア全土で歌われる国民的定番だ。

代表アーティスト

  • Leonid Utyosovソ連 · 1922年〜1982
  • Klavdiya Shulzhenkoソ連 · 1923年〜1984
  • Red Army Choirロシア · 1928年〜
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  • Mark Bernesソ連 · 1935年〜1969

代表曲

生まれた背景

1930年代、スターリン期の社会主義リアリズム下で、国家が意図的に育てた歌謡ジャンルが「大衆歌」だった。ドゥナエフスキー、ブランテル、アレクサンドロフらが映画とラジオ向けに量産し、赤軍合唱団がその拡声器となった。

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決定的な瞬間は独ソ戦(大祖国戦争)期(1941-45)で、『聖なる戦い(Sacred War)』(1941、アレクサンドロフ作曲、独ソ開戦直後の1週間で完成)、『青いプラトーク(Sinii Platochek)』(1942、シュルジェンコが慰問で歌った)、『暗い夜(Tyomnaya Noch)』(1943、映画『二人の兵士』からマルク・ベルネス)、『カチューシャ(Katyusha)』(1938、ブランテル作曲)、『ロシア軍のジャーニー』が国民的名曲として結晶した。この時期の戦時歌は宣伝目的で作られながら、抒情の深さが結果的に戦後も歌い継がれる質を持った。

音楽的特徴の詳細

楽器合唱、独唱、吹奏楽、軍楽隊、オーケストラ、アコーディオン

リズム行進調の四拍子、斉唱しやすい長調旋律、戦時歌は抒情的短調も

発展

独ソ戦(大祖国戦争)期には『聖なる戦い』『暗い夜』『青いプラトーク』といった戦時歌が国民的支持を集め、抒情と愛国を結びつけた。戦後も国家行事・祝祭・映画音楽として量産され続け、冷戦期にはソ連の文化的アイデンティティの象徴となった。

出来事

  • 1932年: 社会主義リアリズムが公式の創作原則とされる。
  • 1941年: 『聖なる戦い』が独ソ戦開戦直後に発表される。
  • 1943年: 映画『二人の兵士』で『暗い夜』が歌われ大ヒット。

派生・影響

中国の紅歌や北朝鮮の革命歌謡など、社会主義圏の国家歌謡のモデルとなった。一方で、同じソ連内に国家歌謡への対抗としてバルド(吟遊詩人)歌が地下で育つ。

日本との関係

日本では『カチューシャ』『百万本のバラ』などがまとめて『ロシア民謡』として広く歌われ、戦後のうたごえ運動を通じて合唱の定番になった。実際にはその多くがソ連の大衆歌(プロの作曲家による作品)であり、日本人が抱く『ロシア民謡』像の少なからぬ部分はこのジャンルに由来する。中央合唱団やロシア民謡研究会経由で戦後の労働運動・学生運動と結びついた側面もある。『暗い夜』は日本でも複数の歌手にカバーされ、『百万本のバラ』は加藤登紀子1987年カバーで最終的に日本人に定着した。日本ロシア民謡ブーム(1950-60年代)はこの流入の遺産だ。

豆知識

『カチューシャ』(1938)の作曲マトヴェイ・ブランテルは、大戦後のスターリンから第一級勲章を授けられた。曲名の『カチューシャ』はロシア語の女性名エカテリーナの愛称形で、戦時中の多連装ロケット砲BM-13の愛称にもなった(発射時の音が歌に似ていたためと言われる)。

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日本で愛唱される『百万本のバラ』(1982、プガチョワ)は、正確にはソ連末期のソヴィエト・エストラーダに属し、戦前・戦中の大衆歌とは世代が違うが、日本の受容側では『ロシア民謡』としてほぼ一括で理解されている。『暗い夜』を歌ったマルク・ベルネスは映画俳優兼歌手として1969年に亡くなったが、彼の墓は現在も戦勝記念日に献花が絶えない。

影響・派生で結ばれたジャンル

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ソビエト大衆歌を中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

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