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伝統・民族

吟遊詩人歌

Russian Bard Song

モスクワ / ソ連 / 東ヨーロッパ · 1960年〜

別名: Авторская песня / Author's song / КСП / バルド歌

ギター一本と詩で歌う、ソ連の半ば非公認な弾き語り歌。

まずはここから

ひとことで言うとギター一本と詩で歌う、ソ連の半ば非公認な弾き語り歌。

まずはこの曲からVladimir VysotskyПесня о друге ▶ YouTube

代表的な人Bulat Okudzhava

どんな音か

ロシアン・バード(アフタルスカヤ・ペースニャ=作者の歌)は、一人の声とアコースティック・ギター一本だけを基本とする弾き語り歌のジャンルで、旋律は素朴に、主役はあくまで鋭く文学的な歌詞にある。ヴィソツキーの嗄れた激しい声から、オクジャワの静かな語り口、ヴィズボルの登山ソング、マトヴェーエヴァの詩的な女性ボーカルまで幅広く、共通するのは「一人の詩人が舞台に立ち、ギター一本で観客と対峙する」という様式そのものだ。1960年代の雪どけ期に生まれ、家庭で録音されたテープ(マグニチズダート)を通じて口づてに広がった、事実上の非公認全国流通だった。

聴きどころ

伴奏はあえて簡素で、聴くべきはあくまで言葉だ。ヴィソツキーの場合、嗄れた声を限界まで張り上げる激しさそのものが表現になっている。『Кони привередливые(気まぐれな馬)』では、駆け出した馬を止めようとする語り手の切迫が、彼の声の裏返る瞬間で音になる。オクジャワは対極で、ほとんど朗読に近い抑えた歌唱で『Молитва(祈り)』のような曲を歌う。ヴィソツキーは「叫び」、オクジャワは「囁き」の二極で、この二人を対比しながら聴くとロシアン・バードの幅がわかる。録音はほぼ全て家庭録音の独特のこもった音質で、その音質そのものが「地下で広まった」という歴史の物証だ。

初めて聴くなら

最初はウラジーミル・ヴィソツキー『友についての歌(Песня о друге)』(1966)、登山を題材に友情と信頼を歌う代表曲。続いて『気まぐれな馬(Кони привередливые)』(1972)で彼の声の張り上げの激しさを、そして静かな側面のオクジャワ『祈り(Молитва)』(1970)で対極を体験できる。歌詞の翻訳を並べて読みながら、ヘッドホンで、他の音を全部消して聴くのが本来の作法に一番近い。

代表アーティスト

  • Bulat Okudzhavaソ連 · 1956年〜1997
  • Vladimir Vysotskyソ連 · 1959年〜1980
  • Alexander Galichソ連 · 1960年〜1977

代表曲

生まれた背景

1960年代、雪どけ期のソ連で、職業作曲家ではない詩人・俳優・科学者らが自作の詩に自らギターをつけて歌う「作者の歌」が生まれた。国家が管理する大衆歌とは対極の、私的で率直な表現として若者に支持された。

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ブラート・オクジャワ(1924-1997、モスクワ)が先駆けとなり、ウラジーミル・ヴィソツキー(1938-1980、モスクワ)が嗄れ声と鋭い社会批評で国民的存在となった。並行してユーリー・ヴィズボル(1934-1984)は登山家兼バードとして山岳ソング『Solnyshko lesnoye(森の日光)』を残し、ノヴェッラ・マトヴェーエヴァ(1934-2016)は静かな詩的女性バードとして独自の位置を築いた。アレクサンドル・ガリチのように体制批判ゆえに1974年に国外追放された者もいる。

音楽的特徴の詳細

楽器アコースティック・ギター、独唱

リズム簡素な伴奏、詩を主役にした語り歌、自由なテンポ

発展

ブラート・オクジャワが先駆けとなり、ウラジーミル・ヴィソツキーが嗄れ声と鋭い社会批評で国民的存在となった。アレクサンドル・ガリチのように体制批判ゆえに国外追放された者もいる。公式の録音が乏しいまま、テープのダビングで爆発的に広がった。

出来事

  • 1960年代: 雪どけ期に作者の歌が広がる。
  • 1974年: アレクサンドル・ガリチが国外追放される。
  • 1980年: ヴィソツキーが死去、非公式に大規模な追悼が起きる。

派生・影響

ソビエト大衆歌に対する地下の対極として位置づけられる。西側のフォーク・シンガーソングライターと精神を共有する。

日本との関係

日本ではロシア文学や演劇の愛好者を中心にヴィソツキーが知られ、彼の詩は翻訳・研究の対象になってきた。1980年代の岩波文庫でヴィソツキー詩集が出版され、1990-2000年代には吉原幸子ら日本の詩人がヴィソツキーへの応答詩を書いた例がある。ギター一本の弾き語りで体制に抗うという姿勢は、日本の高石ともや、高田渡、友川かずきのようなフォーク・シンガーソングライターの精神と共通する。オクジャワは1979年に来日し東京・京都で朗読を含むリサイタルを行っている。

豆知識

ヴィソツキーは1980年7月25日、モスクワ・オリンピック開催中に42歳で心臓発作により死去。当局はオリンピック期間中で騒動を避けたく、公式発表は最小限にとどめたが、彼の葬儀にはモスクワの葬儀場周辺に数十万人が集まり、事実上の国民的追悼となった。

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彼の墓はモスクワ市内のヴァガンコフスコエ墓地にあり、現在も花が絶えない。マグニチズダート(自家録音テープ)による流通量は正確に測れないが、ソ連時代末期には数千万本のヴィソツキー・テープがソ連国内に流通していたと推定される。国家の発売許可なしに国民的歌手になった稀有な例である。

影響・派生で結ばれたジャンル

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