古典

催馬楽

Saibara

日本 / 東アジア · 800年〜

別名: Heian Court Song

平安宮廷で流行した歌物雅楽。地方の民謡を雅楽編成で歌う。

どんな音か

催馬楽は地方の民謡旋律を雅楽編成に移した歌物だ。篳篥、笙、龍笛の管楽器が旋律を支え、その上に歌い手の声が乗る。雅楽の他の声楽(神楽歌、朗詠など)に比べると、催馬楽の旋律は平明で、誰でも親しみやすい輪郭を持っている。楽曲によっては複数の歌い手がリレーで歌い継いだり、全員が一斉に同じ旋律を歌ったりする。リズムは篳篥の「手移り」と呼ばれる技法に従って進み、拍の感覚は今日の音楽より流動的だ。

生まれた背景

催馬楽が宮廷で流行したのは平安時代前期から中期(9〜11世紀頃)で、もともとは各地から採取した民謡雅楽の旋律理論を適用して整備されたものとされる。曲名に地名(「東屋」「伊勢海」「この殿は」など)が多く残り、地方の音楽的習慣が宮廷様式に取り込まれた痕跡が見える。『源氏物語』や『枕草子』にも催馬楽の名が出てくることから、10〜11世紀の貴族社会に深く浸透していたことがわかる。鎌倉時代以降は衰退したが、宮内庁楽部により現代も演奏が伝えられている。

聴きどころ

篳篥の音が旋律の骨格を担い、笙がその周囲を和音の霧で包む。この二つの音の関係を聴き分けると、催馬楽の層構造がわかる。歌詞は古語の短い詩句で、一音節をかなり長く引き延ばすため、歌詞の意味より音の質感を追うほうが聴きやすい。

発展

院政期以降、武家の台頭とともに衰退し、一時はほぼ廃絶した。江戸期に多忠廉らによる復興努力が行われ、明治以降は宮内省楽部によって伝承が続いている。現在は限定された演目のみが伝わる。

出来事

  • 9世紀: 宮廷歌謡として流行開始。
  • 10世紀: 『梁塵秘抄』に類似歌謡が残る。
  • 中世末: 一時的に衰退。
  • 江戸期: 多氏らによる復興。
  • 2009年: 雅楽としてユネスコ無形文化遺産登録。

派生・影響

後世の歌物(朗詠・今様)と並び、声楽中心の雅楽の系譜を形成した。平安歌謡研究の対象として重要な位置を占める。

音楽的特徴

楽器笏拍子、笙、篳篥、龍笛、楽箏、楽琵琶、声

リズム笏拍子による緩拍、流麗な単旋律唱、和歌的な詞章

日本との関係

催馬楽は日本固有のジャンルであり、現在も宮内庁楽部が伝承し、宮中の行事や一般公開の雅楽演奏会で披露される。雅楽愛好家や日本音楽学の学習者には身近な存在だが、一般層への浸透は限定的だ。学校教育の音楽授業でも取り上げられることがある。

初めて聴くなら

宮内庁楽部の録音(コロムビアや日本伝統文化振興財団のシリーズに収録)が最も正統な入口。「更衣(ころもがえ)」や「東屋(あずまや)」は比較的短く、最初に聴くのに適している。

豆知識

催馬楽」の「催馬」は「夷馬」とも書かれ、地方から都に馬を連れてきた人々が歌った歌に由来するという説が伝わる。平安時代の公家日記には催馬楽を特定の場面で誰が歌ったかの記録が残っており、演目と場の対応関係を復元する研究が続いている。

影響・派生で結ばれたジャンル

ジャンル関係図700年代800年代催馬楽催馬楽雅楽雅楽凡例派生影響同系統
凡例
派生影響同系統
催馬楽を中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

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同じ時期・同じ地域で生まれた他のジャンル

日本 · 800年前後 (±25年)

  • 宗教・霊歌声明800年〜 · 日本
  • 宗教・霊歌神楽800年〜 · 日本
  • 古典管絃800年〜 · 日本

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