地歌
上方で発展した、中棹三味線と声による座敷音楽。箏や尺八と合奏される「三曲」の中心ジャンルでもある。
どんな音か
三味線の胴が小さく弦も細い「細棹」でなく、やや太い「中棹」を使う。音はぽん、とした丸い立ち上がりで、長唄のような鋭さがない。テンポは全体的にゆったりしており、歌い手は声を張るより、息を細く長く使ってくぐもらせながら歌う。こぶしや音のゆり方が多く、同じ音程のなかで微妙な波が繰り返される。箏や尺八とあわせて演奏されることが多く、その場合は三者がほぼ対等に絡み合う。録音で聴くと会場の残響が少なく、畳の座敷で膝元から聴くような近さがある。
生まれた背景
聴きどころ
まず三味線の弦をはじく瞬間の「音の粒」に注目してほしい。音が鳴りはじめてすぐに消えていくのではなく、ゆっくりとにじむように残る。歌は、長い一音の途中で音が揺れたり少しずれたりするので、旋律の「線」を目で追うより、ゆらぎのパターンを耳で感じるとつかみやすい。箏が入っている場合は、三味線と同じ旋律を弾いているようでいて、微妙に違う間(ま)で動いている部分を聴き比べると面白い。沈黙の長さも演奏の一部で、音と音の間に意図がある。
発展
18世紀には峰崎勾当・松浦検校ら名人が手事物の名曲を生み、箏曲との合奏が一般化した。19世紀には光崎検校『五段砧』など現代に伝わる代表曲が成立。明治の盲人保護政策で当道座は廃止されたが、生田流・山田流の家元制で継承が続いた。
出来事
- 1610年代: 上方で地歌の様式形成。
- 18世紀: 峰崎勾当・松浦検校らによる手事物の発展。
- 1854年: 光崎検校『五段砧』。
- 1871年: 当道座廃止、流派制継承。
- 1955年: 重要無形文化財指定。
派生・影響
箏曲(生田流系)・尺八との三曲合奏の成立に直結し、近代邦楽の中核を形成した。宮城道雄ら新日本音楽運動の素材としても用いられた。
音楽的特徴
楽器中棹三味線、声、(三曲合奏では)箏、尺八
リズム緩やかなテンポ、手事(器楽間奏)の充実、抒情的旋律
代表曲
日本との関係
初めて聴くなら
「残月」は地歌の代表曲のひとつで、夜明け前の月をうたった静かな曲。三味線と箏の絡みが聴きやすく、このジャンルの質感をつかむ入口として向いている。昼間より、静かな夜か早朝に再生すると曲の情景と合う。
豆知識
地歌の担い手だった盲人音楽家集団「当道座」は、独自の位階制度(検校・勾当・座頭など)を持ち、江戸幕府から公認された半自治的な組織だった。音楽の習得と師弟関係が、そのまま社会的な身分の昇格と連動していた点は、他の音楽ジャンルにはあまり見られない仕組みである。
