Fado
ポルトガルギターの倍音が震え、たった一人の声が運命と喪失を歌う——19世紀のリスボン下町に生まれた、サウダーデ(あきらめと郷愁が溶け合った感情)の歌。
What it sounds like
ギター二本と、声がひとつ。狭い酒場で、その声が空間をまるごと支配する——それがファドだ。ポルトガルの伝統的歌謡で、テンポは遅く(おおむね60〜100拍/分)、拍を厳密に刻まず感情に合わせて伸び縮みする(ルバート)。主旋律を奏でるのはポルトガルギター。洋梨のような形をした12弦の楽器で、金属弦ならではの高音がきらきらと鳴る。これに伴奏のクラシックギターが寄り添い、ときにベースギターが加わる。歌い手は男女を問わず、深く力強い胸声でサウダーデ(あきらめと郷愁が混じり合った感情)を歌い上げる。歌詞はつねにポルトガル語で、歌われるのは運命、別れ、海で失われた者、リスボンの街、そして貧困や移民の郷愁。録音では歌い手の声が最前面に立ち、伴奏は控えめに後ろへ退く。
How it came about
「ファド」はラテン語の「fatum(運命)」が語源だ。運命にはあらがえず、その悲しみを歌うという哲学が、この音楽の根幹にある。成立したのは19世紀前半のリスボン下町——アルファマ、モウラリア、バイロ・アルト。当初は下町の女性や船乗り、労働者の歌で、上流階級からは「下品」と嫌われた。20世紀半ば、アマリア・ロドリゲス(Amália Rodrigues、1920〜99、「ファドの女王」)がこれを世界に広め、ポルトガルを代表する国民的な音楽として定着させた。1974年のカーネーション革命で独裁政権が倒れたあと、ファドは旧体制の象徴と結びつけられて一時タブー視されたが、1990年代以降、マリーザ(Mariza)、カマネー(Camané)、ミージア(Mísia)、カルミーニョ(Carminho)らが新世代のファドとして再生させた。現在もリスボンのカーザ・デ・ファド(ファドを聴かせる酒場)で毎晩演奏されており、2011年にはユネスコ無形文化遺産に登録された。
What to listen for
まず耳を引くのはポルトガルギター(12弦)だ。歌のフレーズの合間に受け答えするように鳴り、短い間奏も取る。そして聴きどころはやはり歌い手のサウダーデ表現——力強い高音、絞り出すような感情、長く伸ばす音にかかるヴィブラート。とりわけ、こぶし(声を細かく揺らす節回し)を一節の感情の頂点まで溜めてから一気に放つ瞬間に耳を澄ませたい。なお様式には大きく二系統ある。一つは、決まった旋律の型に歌詞を乗せる伝統的なファド・カスティーソ(fado castiço)。fado corrido、fado menor、fado maior といった定型の旋律枠の総称で、ファド・トラディショナルとも呼ばれる。もう一つは、一曲ごとに新しく作曲するファド・カンサォン(fado canção)だ。
If you only hear one thing
まず一曲なら、アマリア・ロドリゲスの「Estranha Forma de Vida」(1962年録音)——この一曲にファドの様式が凝縮されている。古典をまとめて聴くならコンピレーション『The Art of Amália』。現代のファドへの入口としてはマリーザ『Fado em Mim』(2001)、男性歌手ならカマネー『Esta Coisa da Alma』(2000)。ファドそのものではないが、空気感の入口として映画『リスボン物語』(1994、ヴィム・ヴェンダース監督)のサウンドトラック(マドレデウス)も味わい深い。
Trivia
大学都市コインブラには、学生がアカデミックガウンをまとって歌う別系統のファド・デ・コインブラがあり、こちらは拍手ではなく咳払いで称えるのが習わしだ(拍手は観光客の誤解とされる)。そしてアマリア・ロドリゲスが1999年に79歳で亡くなると、ポルトガル政府は3日間の国を挙げての服喪を布告し、国葬を執り行った——ポルトガルでも極めて異例の弔意だった。
Hear the rhythm
The signature rhythm pattern of this genre. Press play to loop it, and follow the score below to see which beat is sounding.
Notable artists
- Amália Rodrigues
- Carlos do Carmo
- Mariza
Notable tracks
- Barco Negro — Amália Rodrigues (1955)
- Coimbra — Amália Rodrigues (1956)
- Lisboa Menina e Moça — Carlos do Carmo (1976)
- Lágrima — Amália Rodrigues (1983)
- Ó Gente da Minha Terra — Mariza (2001)
