トルバドゥール
11〜13世紀の南仏オック地方で、宮廷風恋愛詩を作詞作曲した詩人音楽家たちの伝統。
どんな音か
独唱または小編成の伴奏(ヴィエル、リュート、プサルテリウム)とともに、オック語(南仏のロマンス語)で詩を歌う。旋律は1本の線として動き、和音や多声はなく、すべての音楽的重心は言葉にある。曲はカンソー(愛の歌)、シルヴェンテス(政治・風刺詩)、テンソー(討論詩)などに分類され、形式によって韻律と旋律の型が決まっていた。声は話し声に近い低い音域から中音域を動き、高い感情的な瞬間でも絶叫するのではなく、言葉の意味で感情を伝える。現代の再現演奏では中世楽器の音と歌の間に緊張した空気がある。
生まれた背景
聴きどころ
ベルナルト・デ・ヴェンタドルンの「Can vei la lauzeta mover」(1170年ごろ)は、ひばりが空を舞う様子から始まり、それを見た詩人が嫉妬に燃えるという内容。旋律が詩節ごとに繰り返される際、同じ旋律に乗った言葉の意味の変化を意識すると、なぜこの形式が「詩と音楽の一体」とされるかが感じられる。
発展
12世紀にはマルカブリュー、ベルナルト・デ・ヴェンタドルン、ベルトラン・デ・ボルンらが多様な詩形式を確立した。アルビ十字軍(1209〜1229)による南仏文化の壊滅で衰退するが、その伝統はカタルーニャ・北イタリアへ流出し、ダンテに「俗語論」で称えられた。北仏のトルヴェール、ドイツのミンネゼンガーへ転位して中世俗語歌の系譜を作った。
出来事
- 1100年頃: ギヨーム9世(アキテーヌ公)、最初のトルバドゥール
- 1170年頃: ベルナルト・デ・ヴェンタドルン全盛
- 1209: アルビ十字軍開始、南仏文化壊滅へ
- 1290年頃: ジロー・リキエル没、トルバドゥール時代の終焉
派生・影響
トルヴェール、ミンネゼンガー、イタリアの「ドルチェ・スティル・ノヴォ」を経て、ルネサンスのフロットラ、シャンソン、マドリガーレへと流れ込んだ。近代のフォーレ・ドビュッシーらフランス歌曲の文学的源泉とも言われる。
音楽的特徴
楽器声、ヴィエル、リュート、ハープ
リズム単旋律、定型詩形式
代表アーティスト
- ベルナルト・デ・ヴェンタドルン
代表曲
- Can vei la lauzeta mover — ベルナルト・デ・ヴェンタドルン (1170)
- A chantar m'er (1180)
- Non es meravelha s'eu chan — ベルナルト・デ・ヴェンタドルン (1165)
- Kalenda maya (1200)
日本との関係
初めて聴くなら
ベルナルト・デ・ヴェンタドルンの「Can vei la lauzeta mover」から入るとよい。現代の再現演奏盤は複数あり、楽器のない無伴奏版と伴奏付き版とで同じ詩がまったく違う質感になることが体験できる。
豆知識
トルバドゥールの詩に頻出する「フィン・アモール(気高き愛)」という概念は、騎士が高貴な女性に仕えつつその愛が決して成就しないことを理想とする恋愛観だった。実際には詩の慣習として機能しており、詩人本人がどこまで本気だったかは不明だが、この枠組みが西洋の恋愛観と詩の語彙に与えた影響は15世紀以降も続いた。シェイクスピアのソネットに至るまで、その痕跡が見える。
